『SWING UP!!』第16話-18
「!」
ボールになるかもしれない、アウトコースの初球を思い切り踏み込んで打ち放った。バッテリーは、フルカウントになるまでは際どいところを責めて、カウントが不利になった時点で葵を歩かせようとしたのだろうが、それを逆手にとって、ボールゾーンに来るであろう球を、葵は“初球”に限定して狙ったのだ。
ボール球に手を出すことは、基本的にはタブーである。バットのミートポイントを外してしまい、打ち損ねることがほとんどだからだ。しかし、打席にかかとを残して(足が全部出ると、アウトになる)、ストライクゾーンを無理やり広げた葵のスイングは、そのミートポイントで過たずボールを叩いており、強い打球が三遊間に転がった。
勝負を避けるかどうかの迷いは、野手陣にもあった。それが、出足の一歩を遅らせたようで、三遊間を転がっていく葵の打球に、どちらも追いつくことが出来なかった。
これで、三塁走者の佐々木がホームに返り、仁仙大学は1点を返した。
「「「水野、ナイスバッティング!!」」」
大きく手やメガホンを打ち鳴らし、仁仙大学のベンチが沸き立つ。大学の特性か、大人しめで冷静な選手が多いベンチは、好機にも静かなことがほとんどだったのだが、それを感じさせない“熱気”を持ち続けていた。
「………」
その“熱気”を、静かな雰囲気でさらに高めていたのが、打席に入った六文銭である。
キィン!
「おおっ!」
六文銭も、勢いのままに初球を狙った。カウントを整えながら狙い球を定めていく、“詰め将棋”のようなこれまでとは違い、ベンチに生まれたかつてない“勢い”を、そのままバットに乗せていた。
「抜けた!」
思い切り引っ張られた打球は、三塁手(仙石)のグラブを掠めて、そのままレフト前に抜けていった。二死なので、二塁走者の迫田は、打球音が聞こえた瞬間、迷いなく走塁を始めており、三塁コーチャーの腕が廻っているのを視界で確認して、そのまま一気にホームを狙う。
「!」
左翼手(東尋)からの返球が、ツーバウンドでしっかりとコントロールされて、捕手の梧城寺響に投じられている。タイミング的には、微妙なところだ。
(迫田君!)
ウェイティングサークルにいる誠治が見ている迫田の衰えない勢いは、小柄な捕手である響に対して、女子だという遠慮もなくそのままタックルを仕掛けるつもりなのだろう。
「!!」
身構えてそれを待つ響の、一瞬の体の強張りを迫田は見逃さなかった。
「!?」
突っ込むと見せかけて“一拍”をおき、響が瞠目して動きを止めたその隙を逃さず、掠め取るように、その足元に隠されたベースにタッチしたのだ。
「セーフ!」
響のブロックとタッチをかいくぐった、迫田の好走塁によって、仁仙大学は2点を追いついた。
典型的なシーソーゲームに、球場内は大いに沸きあがった。
2点を追いつかれながら、しかし、法泉印大のバッテリーは崩れなかった。4番の誠治を打席に迎え、“敬遠”など頭から放り投げたように、気迫の篭もった投球で勝負をかけてきたのだ。葵との勝負を迷い、流れを手放した失策を繰り返さなかったのである。
キィン!
「!」
誠治の打ち放った打球は、その角度と上がり具合から、一瞬はフェンスオーバーを想起させた。しかし惜しいかな、フェンスの直前で、中堅手(伊地知)が必死に差し出したグラブに、それは収まっていた。
「アウト!!!」
「むうっ……!」
手応えはあったが、結果としてはアウトになり、誠治にしては珍しくその無念さを表情に出していた。