『SWING UP!!』第16話-13
キィン！
それを見逃す葵ではない。腕を上手く折りたたみ、柔らかい体で利かせたバネの強さを、鋭い腰の回転で増幅させてバットの先まで伝播させ、ブレる直球をしっかりとミートして、そのまま振り切った。
一塁線を強い打球が抜けていき、差し出した仙石のグラブはそれに届かず、ラインの内側を転々とするように外野まで到達し、葵は一塁ベースを駆け抜けて、二塁まで疾駆した。
右翼手（伏見坂）がボールをグラブに収め、連携に入っていた二塁手（大仏）にそれを投げ返したときには、既に葵はベース上の住人となっており、記録はそのまま“二塁打”となった。
「さすが、水野だな」
「能面君を打ち崩すキーマンは“左”でしょうから、この試合は、葵に繋ぐことを意識しなければいけませんね」
「……そうだな」
仁仙大学のスタメンにおいて、“左打者”なのは２番の葵と、８番の阿藤である。阿藤は、守備と肩については“東西交流戦”の選抜メンバーに選ばれるほどの卓越した実力を有しているが、典型的な“守備の人”で、打撃はあまり得意としていなかった。
「………」
「？ 六文銭君？」
「ああ、すまん」
不意に押し黙ってしまった相棒に、誠治が怪訝な視線を送る。
「水野のこと、名前で呼びつけるようになったんだなと思ってな」
「う」
「だからかな。水野が最近、丸くなった気がするのは」
「ろ、六文銭君」
「誠治、任せるぞ」
ほとんど独白のように言葉を残し、３番の六文銭が打席に向かっていった。
「アウト！！」
そして、初球に送りバントを決めて、二塁走者の葵を三塁にまで進めていた。
「………」
その打席を見送った誠治は、軽く息を吐きながら伸びをして、右打席に入った。
（確かに、葵はこのごろ、チームの輪に入るようになった……）
２回生とはいえ、今年から軟式野球部に所属するようになった葵は、前期は自分の傍らにいるばかりで、チームの中で積極的に何かをするということは皆無であった。彼女の目には、誠治しか映っていなかったのだろう。
高校時代に、全国制覇を成し遂げたチームに所属していたというその実力は、投打ともにブランクを感じさせないほど確かなものはあったが、チームの中に“孤立”を呼んでいたのも事実であった。
だが、このところの葵は、グラウンド整備も道具の準備も、果てはユニフォームや練習着の洗濯など、マネージャーを手伝いながら、率先して行うようになっていた。
葵と誠治が、そのお互いの抱える心身的事情も重ねて、“依存”にも似た関係にあることはチームメイトの誰もが知っていることだったが、彼女が誠治だけにではなく、チームの中での自分を意識した行動を見せるようになって来たことが、六文銭をして“丸くなった”と言わしめたのだろう。