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かくれみの
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かくれみのの成立-4


*****

「あー、こりゃあんたじゃ無理だ」

返却を頼まれた資料があったであろう場所は棚の一番上の段。そこからごっそり抜き取ったらしく、ぎゅうぎゅう詰めの棚でそこだけがぽっかり口を開けている。

「これは他の場所に入れるってのも無理ね」

雨宮でも背伸びして届かないくらい。
当然、俺なんかお話にならない。

「どうしようかな」
「悪いな、役立たずで」
「別に役立たずとは言ってないでしょ。実際役には立たないけど」
「お…っ」
「脚立探してくるから、あんたはここで待ってて」
「いや、俺が探すから」
「あたし、こんな埃っぽいとこいたくないの」
「あ、そう」

薄暗い部屋に取り残されて、棚を見上げた。
うん、絶対無理だ。
ジャンプしても指先が触るくらい。とてもじゃないけど荷物なんか乗せられない。
それより女子に脚立取りに行かせるなんて、何様だろ、俺。
そもそもどこに行けば脚立なんか見つかるっていうんだ。これはしばらく帰って来ないな。

長期戦を覚悟して床に座り込んで棚にもたれた丁度その時、突然資料室のドアが開けられた。
意外、もう見つかったんだ。

「早かったな、雨宮…」

…じゃない。
雨宮より遥かにでかいシルエット。
そこには本田が立っていた。

って、本田?
え!?
なんで!?

言葉の出ない俺を素通りして、本田は無言で軽々と荷物を持ち上げて棚にしまう。仕事はすぐに終わった。

これは、お礼を言うべきか。
でも頼んでないし。
俺、こいつにひどいこと言ったし…

「片づけ済んだぞ。帰らないのか?」

話しかけられて両肩が小さく上下した。

「あ、雨宮が、脚立探しに行ってるから…」

あいつが帰ってくるの待たなきゃ。

「それ俺だよ」

本田はすっと自身を指差した。

「俺が脚立の代わり」
「は!?」
「さっき廊下で雨宮と出くわして、お前が困ってるって言うから」
「…」
「ここの鍵も預かってる」

なんなの、あいつ。
人に自覚しろとか気をつけろとか言いながら気を利かせるようなマネして。
わけ分からん。
せっかく距離を置く決心をしたのに、何でこんなことするんだ。

「じゃあ俺が鍵閉めとくから。本田は先に帰って」
「春壱」
「手伝ってくれてありがと」

預けられた鍵を差し出したからそれを受取ろうとした瞬間、すっと腕を上げられた。
本田が目一杯伸ばす腕の先は、俺がどうあがいても爪の先すら届かないくらい高い。

「なんのつもりだよ」
「ごめん」
「謝るなら、早く鍵」
「無神経で、ごめん」
「は?」
「お前があんなに嫌がってるなんて気づかなくて」

…あぁ、この間のこと。
こいつ気にしてたのか。

「本田」
「…」
「鍵返せよ」

デカい図体が今日はいつもより小さく見えた。
しゅんと頭を垂れて、それでも俺より大きいのが腹立つけど。
ゆっくり下がってきた腕から鍵を分捕って資料室を出ると、後から本田もついてくる。

「なぁ、春…」
「俺も、ひどいこと言ってごめん」

鍵を閉めながら謝った。

「春壱!」
「でも、頼むからもういちいち構わないで」
「それって、身長のせい?」
「…」

それだけじゃないけど、それが理由だと思っててくれればいい。

「鍵返してくる」

結局一度も本田の顔は見なかった。


*****


次の日も朝早く登校した。
昇降口に着いて最初にやったのは靴箱の確認。

雨宮、もう登校してる。

とにかく一言文句が言いたかった。
余計なことすんなって、怒鳴ってやりたかった。
重たい鞄を机の上に乱暴に置く音は、無人の教室によく響いた。その後半開きのファスナーから中身が飛び出して床にぶちまけられた音も…

「ちっ」

惨状に舌打ち。でもそれより雨宮を探す方が先だ。
荷物をそのままにして図書室に向かうと、予想通り雨宮はいた。
この前座っていた窓際の席で文庫本を読んでいて、俺に気づいて顔を上げた。

「おはよう」
「…じゃねえよ。なんだよ、昨日のあれ」

鼻息荒く近づくと、少しため息をついて本を閉じた。

「本田から聞かなかった?」
「聞いたよ、廊下で出くわしたんだって?」
「その通りよ」
「その通りかもしれんけどさぁ!」

ダメだ、俺と温度差がありすぎる。

「何かあったの?」
「あ?」
「その様子だと仲直りではなさそうね」
「絶交宣言した」
「誰が?」
「俺が!」
「そうなんだ」

そうなんだって…
なんなんだよ、この人。
目の前の俺がこんなにもカッカしてんのに眉毛一つ動かしゃしねえ。
ほんと冷静なんだな。

熱くなってるのが馬鹿らしくなって、向かいの席にすとんと腰を下ろした。

「昨日も言った通り、このまま距離を置くのがいいと思ったから」
「あたしもそう思う」
「じゃあ何であそこに本田が行くように仕向けたの?」
「偶然出くわしただけって言ってるじゃない」

どうだか。
内心案外面白がってんじゃねえの?
雨宮を信頼しかけていた気持ちは、昨日の一件ですっかりなくなっていた。



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