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かくれみの
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かくれみのの成立-5



「本田の方はあんたを探してたみたいだけどね」
「えっ」
「用もないのにあんなとこうろつく?あんたと仲直りしたくて資料室に向かってたんでしょ」

仲直り。
本田が、俺なんかと…?

「ねえ、気持ち悪いから嬉しそうな顔するのやめて」
「してねえし!!」

そうか、雨宮が気を利かせたんじゃなくて本田が自分で―――

絶交宣言までして距離を置くと決めたくせに、この期に及んで俺は本田の気持ちが嬉しかった。

「ご愁傷様。キャラメル食べる?」
「子供扱いするな」

そう言いつつ口に入れたキャラメルは甘くて、おかげで少し心が落ち着いた。

昨日もその前も、俺のせいで本田は傷ついただろうな。
でももう遅い。
はっきり構うなって言っちゃった。
心にもないことだけど、声に出して伝えてしまった。
だからもう、俺と本田は友達にもなれない。

これでいい。
これでいい。
何度も繰り返し自分に言い聞かせた。
嫌だけど、これが本田の為になるんだと思えば納得できる。


これからたった1時間後にどんな展開が待ち受けてるか、この時は知る由もなかった。


*****


一緒に教室に戻るのは嫌だと言う雨宮を図書室に残して、一足先に教室に入ると

「春壱キタ―――!!!」

室内は異様な雰囲気だった。
俺を見て笑うやつ、手を叩いて喜ぶやつ、黒板に落書きするやつ――…


『本田を見る目がハートになってる』


見覚えのある言葉が黒板いっぱいに殴り書きされた。
瞬間、血の気が引いた。

黒板に落書きしたやつが持ってるのは、俺のノート…

あれ、この前雨宮に落書きされたやつ。
でもあの時消しゴムで消さなかったか?
違う、消してるそばからどんどん落書きするから途中でノートを閉じたんだ。
でもなんでそれをあいつが―――

はっとして自分の席を見た。
そこはさっきのまま、鞄から中身がこぼれ落ちた状態。
あの中にあのノートがあったんだ。それを拾われてその上中身を見られてクラス全員の前で晒されて…


面白半分の冷やかしの声はぐちゃぐちゃに混ざってまるでノイズのよう。
それが不快で倒れそうになる。

「春壱そーゆう趣味だったのかよ」
「どうりで女子に絡まれても嫌な顔するわけだ」

ゲラゲラと笑う下品な声。
徐々に呼吸の感覚が短くなるのが分かった。

なんなんだよ。
何でいきなりこんなことになるんだ。
せっかく絶交したのに。
友達にならないって決めたのに。
本田に迷惑かけたくなかったのに。
これじゃ意味ない…


「どーすんだよ、本田ぁ」
「!!」

気づいたら、本田も登校していた。
黒板に目をやり、俺のノートを見せられ、それから俺に視線を移す。
いつもならやめろって庇ってくれるのに、今日の本田は何も言わない。

引いてるんだ。
気持ち悪がってるんだ。
そりゃそうだ。
俺だって気持ち悪い。


震える唇のせいで何も話せなかった。
下を向いて黙る姿は疑惑を肯定してるようなもの。
俺を見て周りは余計に騒ぎ立て、口汚い冷やかしはヒートアップする一方。
そんな半ば無法地帯と化した室内を黙らせたのはいつものように本田―――ではなかった。


「そんなわけないじゃない」


抑揚のない冷めた一言はあっという間に騒いでたやつらをしんとさせる。

「雨宮…」

遅れて教室に入ってきたにもかかわらず、今この場で何が起きているか一瞬で把握してまっすぐ俺の横に来た。

「何でお前がそんなこと言い切れるんだよ」

盛り上がってる所に水を差されたのが気に入らないのか、中心で騒いでたやつが雨宮に食って掛かる。

「だって、」

まず一言呟いて、思わせぶりに間を空けると表情を変えずに言い放った。

「あたし達付き合ってるから」

突然の、交際宣言。

「!?」

慌てて雨宮の顔を見たけど、そこに相変わらず表情はない。急にとんでもないことを言い出したくせに俺を見ようともしない。

一瞬の沈黙の後、教室は爆笑の渦に包まれた。

「そりゃねーだろー!」
「春壱だぜ?こーんなちびっ子とつき合えるかっつーの」
「雨宮ちゃん、春壱に弱味でも握られた?」

弱味?
握られてると言えば俺の方だ。
なのになんでこいつは自分の立場を悪くしようとしてんの?
すぐばれる嘘なんかついて、目的が見えないのがかえって不気味だ。

「じゃあ、証拠見せようか」

雨宮はそう言うと、くるりと俺の方に向き合った。
これだけ騒がれてるのに表情が動かないってすごい…

「へっ?」

冷たい両の手のひらが俺の顔を捕らえた。
周りや俺に何か言わせる暇も止める猶予も与えず、口と口が合わさ―――

「!!!!!!」

公衆の面前での非常識極まりない行為に、周囲は色めき立つ所か言葉を失った。
さっきまでの騒々しい空間が一変、今度は空気の流れる音が聞こえそうなほど静まり返っている。


当事者の俺は完全に魂の抜けた入れ物状態で、その日の下校時間までその状態は続いた。


*****




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