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かくれみの
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かくれみのの成立-6


放課後、俺と雨宮は無人の教室に残っていた。
残りたくて残ってるんじゃない。どうしたらいいのか分からなくて動けずにいるだけ。


あれから俺は置物状態のまま過ごした。
言葉を失っていたクラスメート達は時間が経つとまた元の騒がしさを取り戻し俺や雨宮を冷やかしてきたけど、固まったまま動かない俺と完全無視の雨宮の反応がよほどつまらなかったのか、昼休みが終わる頃には誰も何も言わなくなっていた。


「………どーゆうつもりだよ」

朝以来初めて声を出した。
かすれて震えた、病み上がりのような声。

「どうって?」
「言わなくても分かるだろ!なんであんな――…」

キス、と言おうとしたけど、それは俺には恥ずかしすぎる単語。文句は尻すぼみで終わった。

「本当にしたんじゃないんだからいいじゃない」
「そーゆう問題…」

そうなんだ、本当にしたわけじゃなかった。
雨宮は俺の頬を掴んだ瞬間、俺の唇に何かを押し付けた。その上に雨宮は自分の唇を重ねた。

「ゴミだって役にたつのね」

それが図書室で食べたキャラメルの包み紙だと気づいたのは、二個目のキャラメルを貰ったついさっき。
でも、そんなことどうだっていい。

「付き合ってるなんて、そんな嘘すぐばれる」
「だから強烈な印象与えてみたの」
「おかしいだろ」
「そうかもね」
「そうだろ」

真剣に話してるのにはぐらかすような返事ばかり。それでも、雨宮相手に感情的になっても仕方ないってここ数日で十分すぎるくらい理解したおかげで、こんな状況でも意外と冷静に話ができた。

「庇わなくても良かったのに」
「何で?そんなに晒し者になりたかった?」
「なりたいわけないだろ。でもお前が晒し者になってどうすんだよ」
「あたしは晒されてるつもりはないけど?」
「はぁ!?」

んなわけないだろ。
あんなことして、クラス中からあれだけ好奇の目で見られて冷やかされて、それで晒されてないだあ?

「あれで俺に恩を売ったつもり?」
「何、その発想。バカ?」
「バカ…っ」

雨宮は腕を組んでまっすぐ俺を見た。

「その小さーい頭でよく考えなさいよ。あたしがここまでする理由は何だと思う?」

理由なんかあるのか?
からかってるから?
ふざけてるから?
いや、ふざけてあんな捨て身の行動とれないよな。
だって紙挟んでたとは言えキスだぞ?それを親しくもないただのクラスメートにできるか?
あんなの特別な感情を持ってなきゃ―――

「え、お前、俺のこと好きなの?」
「黙れゲイ」

今までで一番冷えた答えが返ってきた。

「じゃあ何だよ!」
「責任感じてんのよ!察しなさい!!」
「…」

あ、感情的になった。
声を荒げて、少し眉をつり上げて、言葉に気持ちが入ってる。

へえ、こいつこんな顔する時あるんだ。
人並みに感情なんか持ち合わせてるんだ。

強硬手段に走った理由よりも、いつもと違う表情を見せてくれたことのが気になった。

「そもそも落書きした私のせいでしょ。まぁ、あれをいつまでも残しておくあんたもあんただけど」
「そんな理由であんなことしたの?」
「あたしのせいで登校拒否でもされたら後味が悪いからよ」

それでもやっぱり俺にはそんな理由で?と思わずにはいられなかった。

「俺なんかと付き合ってることにされたんだぞ?お前この先の学校生活どうすんだよ」
「学校なんか義務だから来てるだけよ。周りにどう思われようが関係ない」
「でも、彼氏とか作れないぞ」
「いらんわ、そんなもん」
「でも」
「元々学校で会話する相手なんてあんただけだったんだから、結果何も変わらないわよ」
「そうかもしれんけど、でも」
「あーもう、でもでもうるさいな!とにかく、これであんたのゲイ疑惑が晴れたんだからそれでいいでしょ」

強引に話を終わらせて、雨宮は大きく伸びをした。

「あたしはあんたのかくれみのになる」
「かくれみの?」
「そう、かくれみの。あんたの本性隠してあげる」
「…」
「だから、落書きの件はチャラね」

いくら雨宮が責任を感じてると言っても、どう考えても俺にしかメリットがないような気がして仕方なかった。
救われたのは俺だけ。
雨宮にとっては周りにとやかく言われるめんどくさい日々の始まりだ。

本当にこいつ、何考えてんの?
頭いいくせにこんな不公平な契約結んで、一体何の得があるんだ。


あの時雨宮がああしてくれなかったら、俺は今日あの直後から変態扱いされて学校にいられなくなっていただろう。そんな人生最大の大ピンチを助けてくれて感謝してるし、何より―――

「じゃあ、あたしは先に帰るから」

考え事をしてる間に雨宮は帰り支度を整えて教室から出るところだった。

「は?一緒にかえ」
「イヤ、一人で帰る」
「あ、そ」

せめて最後まで聞いてから断れよな。
不愛想に帰って行く雨宮を座ったまま見送った。


机の上には2個目のキャラメル。

「雨宮のあほ」

甘い粒を口に放り込んだ。

紙越しでもなぁ、唇の感触くらい伝わるんだよ。
髪の匂いとか手の柔らかさとかも、一瞬のことなのに全部覚えてるんだ。


『あたしはあんたのかくれみのになる』


いらねえよ、かくれみのなんか。
だって俺、もうゲイじゃないもん。


あんなことされたら、好きになっちゃうに決まってんだろうが。








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