『マイ・リトル・リグレット』-2
「万引きしたね?」
関係者しか立ち入れない部屋で、私は問い詰められた。
「そんなことしてません」
「いいから、盗った物を出してごらん」
「ない物を出せって言われても無理です」
「正直に出してくれれば、今回は警察に言わないから」
私は完全に疑われている。
彼の目には粘着質な色が浮かび、異様にねちねちした口調も不快だった。
「どうすれば信じてもらえるんですか?」
「だってねえ、マニキュアが一つ足りないんだよね。マニキュアが」
どうにも埒が明かないので、私は自分のバッグの中身を机の上にばら撒き、これでどうだという顔で相手を見た。
すると彼は腕組みしていた姿勢をくずして、机に張り付くように前のめりになると、鼻の穴をひくひくと膨らませた。
おそらくこの人は、女の子の持ち物検査ができることに興奮を覚えているのだろう。
「これは何かな?」
「歯ブラシです」
「もしかして、電池で動くやつ?」
「そうですけど」
「へえ。これが電動歯ブラシねえ」
変なことでも考えているのか、不機嫌だった彼が寒い笑みをこぼしている。
「お財布に……、ハンカチに……、手帳……」
そんなふうに次から次へと私の持ち物に指紋を付けられてしまうと、だんだん純潔を汚されているような気分になってくる。
「このポーチの中は?」
「生理用品です」
「だろうね。君は女の子だもんね」
言いながらその包み紙を丁寧に扱う彼を見ているだけで胸焼けがする。
「持ち物はこれで全部です。気が済みましたか?」
私がさらに強気に出ると、中年の店員はかくかくと貧乏揺すりをして、いやらしい視線で私のことを舐めまわした。
「ほんとうかなあ。まだ隠せる場所があるんじゃないかなあ」
相手が若い女の子なので、言いたいことがなかなか言えないといった様子だ。
そこで私は渋々と立ち上がり、上着を一枚脱いで、それを彼に押し付けた。
ついでに、調べてみたらどうですかと目で合図を送った。
彼は嬉しそうな顔で私の上着のあちこちを探り、ふうっ、ふうっ、と暑苦しい吐息を繰り返している。
「ここにはないみたいだね」
彼は流し目を向けてきた。
おそらくアダルトビデオのような展開を期待しているのだろうが、そんなおいしいシチュエーションが日常に転がっているはずがないことも、彼なりに理解しているにちがいない。
「服の下まで見るつもりですか?」
私は少し困ったふうに声を変えて、彼に尋ねた。
「いやあ、そこまではちょっとまずいんじゃないかなあ。それで何も出てこなかったら、それこそ君に申し訳ないよ」
「でも、疑ってますよね?」
「うん、まあ、万引きを疑うのも仕事のうちだしね」
「わかりました」
私が覚悟を決めたと知って、彼は上ずった咳払いをした。
私は自分のシャツの袖やお腹まわりの埃を払うようにして、どこにも何も隠していないというジェスチャーをして見せた。
その流れで今度は胸の輪郭に手を添えて、シャツ越しの乳房を優しく撫でまわしていく。
「もういい。わかった」
彼は手のひらをこちらに向けてそう言うが、心底楽しんでいるようにも見える。
けれども私は自分の納得がいくまで、ぎりぎりの綱渡りをやりきると決めたのだ。
服装のことを言えば、今日のボトムスにはミニスカートを割り当ててある。
私は怯えた手つきでそれを摘み上げて、誰にも見られたくない部分を彼一人のために晒した。
スパッツを穿いているとはいえ、赤面するほど恥ずかしい。
それ以上に赤面している人が、すぐ目の前にもいた。
「確かに、スカートの中にもないようだね」
目の色を変えて店員が言った。
まるで茹で蛸みたいに出来上がっているのが可笑しい。
「下着の中は許してください。その代わりに──」と私は彼に断り、右手の中指をスパッツの窪みにすべらせていった。
それを見た彼は唾を呑み損ねて、げほげほと咽(む)せている。
構わず私はつづけた。
自慰行為に見えようが何だろうが、疑いが晴れるまで陰部のあたりをいじくりまわして、ここに隠せるはずがないということを彼に訴えかけた。
「これでもまだ……、あたしを……、疑いますか?」
私は声を詰まらせながら、火照った雰囲気を彼に届けた。
「もう少し、あと五分くらいそうしていてくれたら、君を信じて帰してあげるよ」
彼の言うように、私はそれからの五分間を、ずっとおなじ恰好で過ごした。
実際には十分弱だったかもしれない。
指先に感じる体温や湿り気をそのままに、みっともない姿を彼に差し出す私だった。