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シテはいけないことをスルということ
【その他 官能小説】

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『マイ・リトル・リグレット』-1

「そういえば今日ね、うちのフロアにあぶない客が来てたよ」

 仕事終わりの更衣室で着替えをしながら、私は美帆(みほ)に話しかけた。
 仕事仲間がたくさんいる中でも、同い年の彼女とは特に気が合った。

「千晃(ちあき)んとこはレディスだよね?」

「そうなんだけど、そのあぶない客っていうのが、あたしらと歳がそう変わんない若いお兄さんでさあ」

「それでそれで?」

 あぶらとり紙をおでこにあてながら美帆が擦り寄ってくる。

「彼女にプレゼントを贈ってあげるとかで、スカートをマジ買いしようとしてんの」

「その彼、イケメンくん?」

 美帆にそう訊かれたので、私は両手の人差し指を交差させて、小さなペケマークをつくった。
 そして「生理的に、ちょっとね」と一言添えた。

「そんな物買うぐらいだから、家に帰って女装ごっことかしてたりして」

「絶対そうだよ。だってさあ、あたしがレジを打ってるあいだ、気持ち悪い声で独り言を呟いてたもん」

「ふうん。なんとなく面白そうな人だね」

「あたしは面白くないってば。あんもう、思い出したら鳥肌ができちゃった」

 私はファンデーションを整えていた手を休めて、じたばたと足踏みをした。

「千晃殿、乳が揺れておるぞ?」

 友人の的確な指摘を受けて、「ごめん遊ばせ」と私はにっこり笑った。
 近頃うわさの補正下着のおかげで、微乳の私にも魅惑的な谷間がつくれるようになったのだ。

「美帆は胸が大きいからいいよね。コンプレックスもなさそうだし」

「これはこれで、いろいろと苦労があるわけよ」

 ほら、と彼女はシャツの前を開けてブラジャーを見せてきた。
 その見事な谷間に見惚れていると、そこがうっすらと汗ばんでいることに気づいた。

「こんなふうにすぐ蒸れちゃうから、汗染みなんてしょっちゅうだし、嫌んなっちゃう」

「ドンマイ」

「千晃もね」

「あっ。それってどういう意味?」

「知らなあい」

 そうやって美帆と冗談をやっていれば、職場での人間関係やプライベートのちょっとしたこととか、そういうストレスから解放されるような気がした。

 今日はきっと大丈夫だ。
 もし発作が起きたとしても、あんなことはもうきっぱりやめなきゃ──。

 私はいつかの過ちを思い出しながら、できるだけ心を強く持つように努めた。

 従業員用の出入り口から外へ出て、美帆と二人して帰宅の波に乗ろうとしていた。

「それにしても、こんな大所帯の店舗で働けることになるなんて、あたし達ってラッキーだよね」

 ずっと上の方を見上げて美帆が言った。
 陽が落ちて薄暗くなった空間に、新装オープンしたばかりの大きな建物がそびえ立っている。
 私と彼女は早帰りのシフト勤務のため、店舗の明かりはまだ点いていた。

「好きなことがやれて、おまけにお金も貰えて、それに、美帆みたいないい仲間にも恵まれてるから、なんか毎日が充実してる感じがする」

「あと足りないのは彼氏だけだね」

「もう。失恋したばかりの乙女に言う台詞?」

 私は頬をふくれさせるが、美帆はいたずらっぽく笑って受け流す。

「じゃあ、また明日ね」

「お疲れさま」

 お互い帰る方向が違うので、私たちはそこで別れた。
 さすがに土曜日ということもあり、平日に比べて歩行者の数が圧倒的に多い。

 軒を連ねる飲食店の前を通り過ぎて、駅の改札を抜けたあたりで私はふと孤独感に襲われた。
 ホームには人が溢れ、電車内の乗客率にもうんざりしたけれど、それでも私は独りぼっちだった。

 前の恋人のことを引きずっているわけではなく、どちらかというと、今すぐにでも新しい恋がしたいという前向きな気持ちの方が強かった。
 日常生活の中でうまくいかないことがあったとしても、傷心を理由にしたくはないからだ。

 男なんて天体の数ほどいるんだから──。

 そうやって割り切ることにしている。
 電車を下りて、駅からアパートまでの夜道を歩いていくと、夕飯をどうしようかと考えながらいくつかのコンビニエンスストアを通り過ぎる。
 帰って自分で作るという選択肢があるのなら、寄り道なんてしなかっただろう。

 今日は手抜きでいいか──。

 結局私は出来合いの便利さに甘えて、コンビニエンスストアの自動ドアをくぐった。
 チャイムの音とほぼ同時に、「いらっしゃいませえ」という店員の声に迎えられた私は、ひとまず店内をぐるりと巡ってみた。

 目新しいものが所狭しと並べられ、つねに消費者の目を飽きさせることがない。
 華やいだ装飾が施されたデザートコーナーは、ワンコインで買えるドルチェで埋め尽くされている。

 そこで私の小腹がきゅんと鳴いたけれど、今日はそんな誘いに乗らないつもりで来ているのだ。

 私はバッグを片手に、もう一度だけ店内の様子を窺った。
 そして雑誌コーナーの奥にあるトイレに入ると、便座に蓋をして腰掛けた。

 芳香剤の匂いがきつすぎて、なかなか呼吸が調わない。
 絶叫マシンに乗ったあとみたいに心臓が飛び跳ねている。

 いけないことだとわかっているのに、どうしてこうなるんだろう。
 私はまたおなじ過ちを繰り返そうとしている。
 でもやめられない──。

 私はそこで罪を犯した。

 そして個室のドアを薄く開けてみると、そこに人影があった。
 さっきまでレジに立っていた四十歳ぐらいの男性店員だ。

 ここのトイレは男女共用なので、そのつもりで彼がそこに立っているのだと思った。
 私は彼と目を合わせないように、「すいません」と言って横を擦れ違った。

「ちょっと、君に訊きたいことがある」

 私は彼に腕を掴まれていた。


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