『フラゲに注意』-3
最寄りの駅から電車に揺られて間もなく、俺はまた一つ新たな大地を踏みしめ、爽やかに笑っているつもりで頬を引きつらせていた。
そこはおしゃれな若者が多いことで有名な町であり、個性的なショップが建ち並ぶエリアには人が溢れて、食べ物や飲み物までもが特別おしゃれに見える。
いかん。屁っ放り腰になっている場合ではない。とにかく前に進むのだ──。
できるだけ町の景観に溶け込むことを心掛けて数メートルの距離を歩くと、たちまち俺の両手は大量のポケットティッシュで塞がった。
別に断れなかったわけじゃない。タダでくれると言うから、仕方なく貰ってあげただけだ。
配る側の気持ちを考えれば、俺の行動は百点満点に違いない。
よくよく見ると、ポケットティッシュにはクーポン券が差してある。
これだ、と俺は閃いた。
低価格帯をうたうアパレルメーカーが、この近くに大型店をオープンさせたらしく、その店舗の紙袋を提げたお兄さんやお姉さんの姿があちこちにある。
俺もあんなふうに、おしゃれさんになれるんだ──。
そう思うと無性に変身願望が湧き起こり、自らのベクトルに従って、中途半端な早歩きをする俺であった。
皆おなじ二足歩行をしているはずなのに、俺ときたら、がちがちのこちこちである。
突然、目の前に巨大な要塞があらわれた。
あれがおしゃれモンスターたちの巣窟か──。
見れば全面ガラス張りの各フロアには、メンズ、レディス、キッズそれぞれの恰好をしたマネキンが配置されており、命を吹き込まれたような表情でこちらを見下ろしていた。
特にレディスの彼女に至っては、この中の一体を持ち帰りたいと思わせるほどの仕上がり具合なのだ。
等身大の着せ替え人形も悪くないなと、俺はまたもやピンク色の妄想を描いていた。
店内も凄いことになっていた。スマートな身のこなしでフロアを巡るスタッフに、目の肥えた若者客たちが加わり、ここだけが不景気な世の中から切り離されたような雰囲気になっている。
そしてそして、なんとなんと、ごった返す人混みの中に意外な人物を発見した。
今朝、コインランドリーで見かけた、あのお姉さんだったのだ。
思わず心の中で、「万歳」を唱えた。
恋愛シミュレーションゲームの美少女キャラクターが、そのまま三次元の世界にトリップしてきたのだとしたら、この出会いもまたシミュレーション通りの展開というわけだ。
偶然が重なれば必然になる、みたいなことを何かの本で読んだことがある。
そうか、あれはマジなやつだったんだ──。
俺が彼女と会うのはこれで四度目である。
恋愛経験値ゼロの俺だが、これは何か一波乱ありそうな予感がする。
俺は彼女の容姿を目で追い、一定の距離を保ちながら尾行することにした。
まわりの女の子もみんな可愛いけれど、彼女の輝きは誰とも比べられない。
顔のルックスも整っているし、ふくらむところとくびれるところの体型バランスも整っている。
ついでに二人の縁談も整ってくれれば文句はない。
そうやって先走る俺の視線の先で、彼女はシャツやジーンズをあれこれと品定めしている。
くすぐったそうに髪をかき上げたときに、まるくて可愛らしい耳がのぞく。
ふと足を止めたあとに交差させる太ももは、それだけでおかずになってしまうほど、俺の性欲をぺろっと逆撫でしてくれる。
あんなふうに両脚を交差して閉じてしまったら、彼女の大事な部分にも少なからず刺激がつたわっているはずで、それはもう下着のクロッチを挟み込んだ姿勢というより、一人エッチをしている様子にも見えてくる。
ほんとうは気持ちいいくせに、そのことを微塵も顔に出さないなんて、まったく君という女性には興奮させられっぱなしだよ──。
真っ昼間からこんな危ない想像をはたらかせている自分が、どうしても嫌いになれない。
そこで彼女に動きがあった。きれいめなスカートを手に取り、ちょこんと首を伸ばして周囲を見まわしたあと、彼女は俺に背中を見せて歩いていった。
その先はフィッティングルームになっている。
試着という名の着替えをするための個室であり、俺の大好物だ。
待てよ、そうか、その手があった──。
俺は今、とてつもなく素晴らしいことを思いついてしまった。
これが上手くいけば、彼女との同棲ごっこ遊びができるかもしれない。
しかし焦っちゃだめだ。彼女の行動をじっくり観察して、記憶するんだ。
まずは買い物かごを手に準備して、挙動不審にならぬように店内をうろつき、試着を終えた彼女が戻って来たらゲーム開始だ。
来た──。
俺の目ん玉が瞬時に彼女を捕らえる。そうして試着済みのスカートを元通りにして、彼女はまた別の服に興味を移した。
距離をおきながら俺もそこへ向かう。
緊張するとすぐお腹が痛くなる俺は、なるべく緊張しないよう胃腸に言い聞かせた。