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シテはいけないことをスルということ
【その他 官能小説】

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『フラゲに注意』-4

 ようやく彼女が移動してくれたので、俺は素早く売り物の陳列に身を潜め、落ち着けえ、落ち着けえ、と心臓に暗示をかける。

 背中に触れるものに目をやると、『シフォンスカート』と書かれたプレートがあり、その名の通りの物がずらりと並んでいた。

 男の自分には一生縁のないものだと思っていたが、そのふわふわの触り心地に直面してみて、生きてて良かったあ──としみじみ思う。
 その中の一着こそが、彼女が着用したスカートなのだ。

 勉強が苦手なくせに、特定の分野では優れた記憶力を発揮する俺は、迷うことなくそのレアアイテムをゲットすることに成功した。

 くうううう、ついにやったぞ。彼女の匂いと体温が移った、彼女の分身だ──。

 買い物かごを持つ手がぷるぷると震えているので、俺は自分の心臓のあたりで握り拳をつくり、軽くとんとんした。
 そして喉が詰まる感じをやり過ごすと、ふたたび彼女の後ろ姿を追った。

 スイーツみたいなお尻が萌える。食べてしまいたい。

 君の甘い匂いで深呼吸できるのなら、虫歯とか糖尿病になったってかまわない──。

 俺のプチ暴走がはじまったところで、彼女がブラウスの島の前で立ち止まる。
 清楚な感じのデザインだから、彼女が着れば間違いなく似合うだろうと思った。

 直後に、彼女は白いブラウスを手にフィッティングルームへと消えた。
 俺は、ごくんと生唾を飲んだ。

 個室内で行われている一部始終が俺の脳へデータ送信されてきて、服を脱いで肌を露出する彼女の肢体が瞼に浮かぶようだ。

 いかん、鼻血が出る。公衆の前での流血は非常にまずい。
 こういうときは、真逆のことを考えてみよう。
 ええと、好きの反対は嫌いだから、嫌いなもの、インフルエンザの予防接種。それから、『推しメン』の悪口を言うやつ。あとは、中華料理とかに入ってるパクチー。
 いいぞ、この調子だ──。

 なんて思っていたら、試着を済ませた彼女があらわれ、ブラウスの皺を手で払いながらそれを元の場所に戻した。

 君が買わないのなら、俺が買っちゃうよ──。

 俺はスカートのときとほぼおなじ手順で、彼女が戻したブラウスを神経質な手つきでハンガーごと抜き、何食わぬ顔で買い物かごへ収めた。

 捕獲完了──。

 二度目にもなると多少は度胸もついてきた。
 そんなわけで、その後も彼女は様々なアイテムを試着しては戻し、キャッチ・アンド・リリースをくり返す。
 俺はひたすらそれらを回収するだけだ。

 すべて上手くいっている。そうやって手応えを感じていたとき、彼女がインナーウェアの方角へ向かっていることに俺は気づいた。

 そういえば今朝の一件で彼女は下着をなくしたのだと騒いでいた。
 どうやらその分をここで買い足すつもりらしい。

 しかし俺の足はそこですくんでしまい、ふと気づけば、自分は異様な空間のど真ん中に立っていて、それを受け入れるために周囲を二度見、三度見した。

 彼女のことばかり考えていたせいで、ここがレディスフロアだという最も重要なことを見過ごしていたのだ。
 みんながこっちをチラ見していく。

 ほんとうなら嬉しいはずの異性の視線が、今だけは、ゴシックな薔薇の棘のようにチクチクと痛い。

 もう少しの辛抱だ。あとは最後の関門が突破できれば、俺は晴れて自由の身になれる。

 そういうわけで、アウェイな空気を感じつつも俺はレジ待ちの列に並んだ。
 大勢の女の子に混じっているつもりが、果たしてまったく混ざりきれていない。
 男の自分だけが完全に浮いているのがわかる。

 まあ待て──と俺は自分自身に言い聞かせた。
 勝算のないゲームをするほど暇ではないし、なにより、ここで逃げ出したりすれば余計に怪しまれてしまう。

「こちらのレジへどうぞお!」

 元気いっぱいの声が俺を呼んでいる。脇汗がハンパなく滲んできて、不快指数もぐんぐん上がる。
 レジカウンターを挟み、若い女性スタッフと俺の視線が交錯した瞬間、相手の表情は明らかに曇っていた。

「こちらはレディス商品となりますが、よろしかったですか?」

 そのスタッフは買い物かごの中身を指し、当然の態度で接してきた。
 俺が言うべき台詞は決めてあったので、「贈り物にするので、大丈夫です」と言い切った。

 これなら文句はないだろうという思いが胸を満たしていた。

「サイズはすべてMでよかったですか?」

 この変な客の思惑を私が暴いてやる──みたいな、そんな気迫がつたわってくるスタッフの口調だ。

「そのサイズで大丈夫です」

 舌を噛むことなく俺は応えた。

「ラッピングはどうなさいますか?」

「ええと……」

「この中からお選びください」

「じゃあ、これでお願いしまつ」

 まずい。お願いしまつ、って言ってしまった。
 口が渇いてぴりぴりしている。

 そんなちっちゃなミスにつまずいたことを悔やんでいると、スタッフの人は笑いをこらえながら、「少々お待ちください」と丁寧に言ってきた。


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