『SWING UP!!』第15話-21
「随分遅いゴハンになっちゃったけど……」
“初体験”を済ませた二人は、小一時間ほどの軽い睡眠の後で、猛烈に襲われた空腹を満たすために、結花の母親があらかじめ用意していたカレーを相伴しているところであった。
「美味い！」
「ちょっと、よく噛んで食べないと、ダメだよ」
大和とのランニング・トレーニングで、すっかり胃の中を空っぽにしていた航だったので、まるで丼飯をかき込む様に、盛られたカレーを矢継ぎ早に空にしていった。
「こんなに美味いカレー、俺、食ったことないよ」
相当の空腹という状況はあれど、航はお世辞抜きで本気にそう思う。何杯目か、もう数えるのをやめてしまった“おかわり”が目の前に差し出されると、それは瞬く間に、お皿だけになっていた。
「早っ、てか、よく噛みなさいってば」
以外にせっかちなところがあるのかもしれないと、結花は呆れた様子で航の食事風景を眺めていた。何処かのとある豪傑が、“カレーは飲み物だ”とのたまったらしいが、その猛烈な減り具合を見るに、航にとってもそうなのかもしれないと、結花は思ってしまった。
「……お釜も、お鍋も、からっぽになったわ」
「うっ…。結花の分も、俺、食っちゃったか？」
５合は炊いた御飯も、鍋いっぱいに用意されていたカレーも、すっかり空っぽになっていて、おそらくその８割は、航が消化したものである。
「悪い、俺、夢中になってた」
「ふふ、わたしもちゃんと食べたから、気にしないで。でも、このカレー、そんなに美味しかったんだ？」
「ああ。さっきも言ったけど、こんなに美味しいカレーは、初めてだ」
「あはは。お母さん、すっごく喜ぶよ」
結花はいつも、母親の料理に触れているので、航の感動に対する実感はあまりないのだが、満腹の幸福で瞳を輝かせている恋人を見ると、そんな表情をさせた母親の料理に、わずかながら嫉妬の情も浮かんできた。
（いつか、わたしの作った料理で、航にこんな顔をさせたい）
まだ家事に疎い結花なので、それはいつの日になるか、想像もつかない。しかし、新しい目標が出来た気分で、負けん気の強い結花は、気合が入る自分を自覚していた。
そのまま肩を並べて、洗い物を済ませ、深夜を廻った時間帯でもあったので、同じベッドの中に潜り込んだ。さすがに今日は、セックスはもうしないが、別々に寝ようなどとは、思いもしない二人である。
「結花、大丈夫か？」
「んー。実は、けっこう痛い」
結花の“破瓜”は、その痛みが示したように、血が多めに出たらしく、行為の後始末をしようとしたときに、航が絶句するほどであった。いつのまにか、繋がる前に、さりげなく航が敷いていたタオルが無ければ、ベッドのシーツをかなり汚していただろう。
生理で見慣れている結花は、鮮やかな色を見ても、それほど感じなかったのだが、航は少し、血の気が引いたらしい。また、繋がっている間は言葉にしなかった、“大丈夫か？”という声を、何度もかけてきてくれた。
「明日……もう“今日”だね。今日、練習日じゃなくて、よかったかも」
「そ、そんなに、なんだ」
練習大好きの結花に、そう言わしめるほど、“破瓜の痛み”は強かったらしい。
「二回目は、しばらくお預けだね」
さすがにこの状態で、繋がろうとは考えられない結花であった。どれぐらいで回復するかは分からないが、“その気になる”ぐらいまでは、待つ必要があるだろう。
「あ、なんか、残念そうな顔してる」
「う、そ、そうか？」
女の体を知り、その中で果てることの気持ち良さを識っただけに、航は“二回目”に大きな期待をよせているようだ。だが、結花の状態を何よりも慮る彼が、自分の都合を優先するはずは無く、しかし、男子としての欲望も抑えきれず、物欲しそうな童子の表情になったらしい。
「我慢できなくなったらさ、手でよかったら、してあげるから」
「………」
わきわき、と、右手で淫靡な仕草をしてみせると、航の鼻の下が少しばかり伸びた。あまりに分かりやすい反応だったので、結花は堪えきれずに、吹き出してしまった。
「航ってさ、やっぱり、スケベだよね」
「くっ……」
「でも、大好きだよ」
「……俺も」
しばらく見つめあった後で、結花と航の顔が近づき、今晩でもう何度目になるのか、その唇がまたしても深く、そして甘く、重なり合うのであった…。