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和州道中記
【その他 官能小説】

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和州記 -茸奇譚--5

「おい…?」
彼女の呼掛けにも応じない。ただ苦しそうに…。
「どうしたッ?」
彼の顔色が悪くなって行く。竜胆は流石に異変を感じて、彼を仰向けに寝かせた。
苦しげな表情はそのままで、一紺の咳が止まる。
しかし、ほっとしたのも束の間だった。
「息…してない?!」
慌てて心臓の鼓動を確める。こちらは、何とか動いているようだが…。
「一紺…!」
竜胆は一紺の顎を少し上に向け、その口に息を吹き込んだ。
唇を離し、再びつけ、吹き込む。
暫くの間それを続けていると、一紺の顔色は戻り、表情も和らいで来た。
犯された後の乱れた格好のまま、竜胆は安堵に胸を撫で下ろす。

「…良かった」
(しかし…まさか茸なんかで此処まで人格が変わるだろうか?)
だが、茸以外に原因は思いつかなかった。
それとも、これはただの一紺の悪戯なのだろうか?
「それにしては悪質だよな」
「ん…」
苦笑混じりに呟く彼女の横で一紺が呻いた。
大分表情は柔らかい。
額に浮かぶ汗を拭き取ってやると、一紺の目が開いた。
なんと早い回復だ。
竜胆は驚きに目を見開いた。
「竜胆?」
その瞳に狂暴さや冷たさは全く見られない。ただ浮かんでいるのは驚きと困惑。
開口一番、一紺は素っ頓狂な声を上げた。
「竜胆、お前…何て格好しとんのや?!」
「!」
そう言えばそうだった。
一紺を助けるに必死で、己のことなど全く頭になかったのだが。
改めて見れば、何という酷い格好だ。髪は乱れ、着物ははだけ、汗やら精液やらで身体はべっとりと塗れている。
「な、お前何をしとったん…」
「これは、だな…」
溜息混じりに言い掛けた竜胆の言葉を遮り、一紺は口元を押えて素っ頓狂な声を上げる。
「ももももしや俺を思て独りで…?!」
「〜ッ!話を聞けッ!!」
はだけた着物を合わせながら、竜胆は声を荒げた。
そして「はい」と素直に答える一紺に安堵する。
いつもの彼、だと。
「全く…心配、したんだぞ…馬鹿!」
思わず、元の彼に抱き付く竜胆。
一紺は驚きと困惑の表情を浮かべたままで彼女を受け止める。
「何や、よう分からんが…とりあえずごめん」

竜胆を軽く抱き締めて、一紺は言った。
軽く額に口付けを落とし、一紺は竜胆の澄んだ瞳を見つめる。
その二人の唇がどちらともなく近付いた。
「…ん」
一紺は唇を離すと、まるで子供が玩具をねだるように竜胆に言う。
「…なぁ、せぇへん?」
そんな彼に、竜胆は苦笑して言ったのだった。
「よく体力が持つな…」

「――催淫茸ぉ?!」
「さよう…ある代官に売ろうと思っていた茸なんですがね、息子が間違えて貴方方の煮付けに使ってしまったようで…」
竜胆は、大きく肩を落とすと首を傾げる一紺を見やった。
「なるほど」
「な、ど、どういうことや?訳分からんわ」
彼の言葉は無視して女主人はこっそりと竜胆に耳打ちする。
「…で?昨日はどうだったのですかな?」
「訊かないで下さい」
主人に言うと、竜胆は未だ訳の分からない一紺を残して部屋に戻って行った。


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