ハッピー・サマー・ウェディング-3
「ミスカ!?何を言って……こら!人の話を聞いてください!!」
あっという間に衣服を剥ぎ取られ、真っ白な女体が陽光にさらされる。
誰もいない山奥だし、そもそも裸くらいどうということはないが、昼日中の野外では、なんとなく居心地の悪さを感じる。
柔らかな水面に座り込み、両腕で胸元を隠した。
「座っててもいいけど、手はどけろよ。ドレスに着替えられないだろ」
「ドレス?」
エリアスの手を身体の横にどかし、ミスカは周囲の水面へ大きく両手をかざす。
魔眼から金色の光が両手へ流れ、水面に零れ落ちていく。
突然、エリアスの周囲から、無数の水触手が噴水のように吹き上がった。
見た事もないほど極細の水触手は、一本一本が絹糸より細く、互いに絡み合い、宙空で激しい渦を巻く。
そして無数の水糸は絡み合い、気泡をふんだんに含んだ白い水の布へと編み上げられる。
「えっ!!??」
ひんやりした不思議な水布が、エリアスにペタリと張り付いた。そして瞬く間に、ドレスのように身体を覆っていく。
胸元は大きく開き、細い腰にまでピッタリ張りくと、そこから幾重にも水布は重なり、長いスカートが美しく波打つ。
形こそごくシンプルなドレスだが、どんな姫君も、このドレスを手に入れる事はできないだろう。
白い水布は、肌を透けさせないのに不思議な透明感があり、表面は陽光に反射して、無数の宝石を縫い付けたように輝く。
海底の魔法使いだからこそ作れる水のドレスは、地上の眩しい太陽で、このうえない美しさを発揮することができた。
ぐしょ濡れたエリアスの黒髪へ、さらに細い水糸が集まり始めた。ドレスより格段に薄い、透明な水のヴェールが編み上げられる。
仕上げに首元へクルリと巻きついた水のネックレスには、真上にかかる虹が映っていた。
「自分で言うのもなんだけど、いい出来だな。エリアス、めちゃくちゃ綺麗だぞ」
ミスカが満足気に頷く。
「……」
エリアスは座り込んだまま、呆然と水面に写る自分を眺めた。
ドレスなど着た事はなく、着たいと思った事もなかったのに……。
ミスカが片膝をつき、そっとエリアスの両手をとった。
「街の人間から祝福ってわけにはいかないし、式の詳しいセリフも知らないけどさ……」
全身ずぶ濡れのミスカは、珍しく少し照れたような笑みを浮かべている。
「俺は、エリアスを一生愛し続ける事を誓います」
「……ぅ」
唇をギュっと噛み締め、目をしばたかせた。
ミスカは本当に厄介な男だ。
いつもエリアスが想像もしないような事をしては、涙腺をおかしくさせ、頬の筋肉を弛緩させてしまう。
勝手に溢れてきた涙が頬を伝って、幸せでたまらない口元が蕩けていく。
「なぁ、俺ばっかじゃなくて、エリアスも誓ってくれよ」
嬉しそうにニヤけるミスカに、目端の涙を舐めとられた。
――祝福など、産まれた瞬間から無縁だった。
地上でアレシュ王子に仕え、無数の結婚式を見て、最後に彼と結ばれるカティヤの花嫁姿を見た。
とても美しいと思ったし、国中から祝福された幸せな二人へ、エリアスも心からおめでとうを言えた。
それでも特に羨ましいとは思わず、割り切った薄膜越しの世界を、どこか冷めた眼で適当に楽しんでいた。
「ミスカぁ……」
涙で詰まって、それ以上の言葉が出ない。
誰からも祝福されなくとも、婚礼の儀式がなくても、こんなに美しいドレスなんて無くても……ミスカがいれば、それだけで良いのに。
『エリアスを愛してくれる』
その貪欲な願いは、他の全てに匹敵する価値なのだから。
両手をミスカの首に回し、唇を重ねた。
(誓います。ミスカ、愛しています……)
真夏の陽光と滝の水しぶきが創りだす七色の光りの下で、世界中で一番美しい花嫁は、
合わせた唇の間から、声にならない想いを伝えた。
終
――としたいのですが、ミスカの事ですから……。
「っ!?」
胸先に走った刺激に、エリアスは小さく身体を震わせる。
――よく考えてみれば、一見綺麗なこのドレス、水触手でできているのだ。
そして 水触手+ミスカ→エリアス=卑猥な行為 という方程式は昔から確定している。
「み……ミスカ、そろそろこの水ドレスを取って頂けますか?」
不穏な雰囲気に顔を引きつらせ要求したが、思いっきり悪いニヤケ顔のミスカは、聞くつもりなど微塵もないようだ。
「せっかくだし、涼しくていいだろ」
ピタリと肌に吸い付いた水布が、妖しく蠢きはじめる。
「よくありませんっ!ここをどこだと……」
「人気のない山奥」
「―――っ!!」
柔らかい水面へ押し倒され、エリアスは口元をわなわな震わせる。
「み、ミスカ……」
――台無しだ。台無しにもほどがある!!!
「だぁいっきらいですーーーーーーっ!!!!!!!」