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栗花晩景
【その他 官能小説】

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雨模様(1)-4

 約束をしたものの、結局私は訪ねることは出来なかった。何度か家の前まで行きながら呼び鈴を押せなかった。もし会えたとしても訪問の理由を語らなければならない。たとえ言わなくても古賀にはわかるはずだ。
 小暮の時とは比較にならないほどダメージを受けているだろう。打ちのめされているところに真理子に聞いて来たことを知ったらどんなに辛いことか。その気持ちを思うと決断はつかなかった。

 古賀は一か月ほどして登校してきた。後に知ったのだが、彼も推薦での進学を希望していて、出席日数が足りなくなることを懸念していたようだ。
 顔を合わせても申し訳程度の作り笑いを見せるだけで明るさは失われていた。真理子に訊くとクラブには出ていないという。

 古賀の憔悴した姿を見かけるたびに私は怒りを奥歯で噛みしめていた。しかし真理子の言うように何か問題を起こせば進学にかかわってくる。土下座をさせるだけといってもこじれることは必至だろう。
(やるなら卒業式だ……)
少し先になるが仕方がない。その時は古賀と二人でやろう。卒業するのだから殴ったってかまわない。私はそんな決意を胸に秘めて彼を見守っていた。

 ところが、たまたま石山と話をしている時についその事を洩らしてしまった。
「卒業式の日に落とし前をつけてやるつもりなんだ」
「ひでえやつらだな……」
古賀と面識すらない石山が気色ばんだのは意外だった。
「卒業式まで待つことはない。俺がやってやる」
石山は厚い胸板を張って顔を紅潮させた。
「問題を起こすとまずいよ」
「なあに、そこはうまくやるよ。チクッたりできないように脅かしておく」
けしかけたわけではないのに彼がなぜそれほど憤ったのかわからない。私は戸惑いながらも内心は思わぬ展開に期待感でいっぱいになった。

 石山は誰に訊いたのか、その日のうちに首謀者が天野という男で、加担した他の三人の名前まで調べてきた。
「弱い者いじめは許せねえ。明日シメテやる」
ぎらつかせた眼差しを見せて言った。彼は在日朝鮮人である。もしかすると自身に何か悔しい体験があったのかもしれない。
「その時は俺もいく」
言いながら、私は膝の震えを感じていた。

 石山は特異な存在であった。人当たりがよく、友達もたくさんいるのにどのグループにも染まっていない。一匹狼のようでいて孤立していなかった。不思議な威圧感もある。それは大きな体から醸し出されるだけでなく、自信に満ちた落ち着きのような印象であった。一年生の時に数人の上級生と乱闘をして一歩もひけをとらなかった話を聞いたこともある。不良グループも体育会系の連中も彼には一目置いていたようだ。

 翌日、石山は朝からなにやら動き回っていた。そして三時間目が終わるとやってきて、
「昼休み、柔道場へ来い」と囁いた。
私は緊張してただ頷いただけだった。

 急いで昼飯を食べていると、いつの間にか石山の姿が見えない。不安な想いが募った。自分の一言でとんでもないことが起こるのではないか。私は弁当を半分ほど残して教室を出た。

 柔道場へ行くと扉の前に同期の柔道部員が二人立っていた。鋭い目つきは不穏なものを予感させた。私の顔を見ると扉を開けて中へ入るように仕草をみせた。
 入ってみて驚いたのは石山のそばに古賀がいたことである。二人の前には四人の男が正座をしてうなだれている。
 四人を見下ろしながら石山のどすの利いた声が飛んだ。
「今度つまらねえ真似をするとこんなもんじゃすまねえぞ!わかったか!」
その言葉からすでに事が終ったのを知った。
「もういっぺんこいつに謝れ!」
四人は畳に手をついて頭を下げた。
「これでいいか?」
石山が訊くと、古賀は小さく頷いた。明らかに困惑している様子である。私と目が合うと顔を伏せた。私が仕組んだことだと思ったのかもしれない。

「もう行け」
石山に促されて四人は力なく立ち上がった。みんな唇や頬が腫れている。表にいた部員は見張り役で、話をつけて柔道場を借りきったものと思われた。私は石山の行動力と度胸に舌を巻いた。
 古賀はどうしていいかわからず立ち尽くしている。
「行こう」
石山は私にそれだけ言うと、柔道部員に頭を下げた。右手には血のついたタオルが巻かれてあった。

 次の日に真理子が飛んできた。何があったのかしつこく訊いてきたが知らないと押し通すしかない。それは自分や石山のためではなく、古賀の立場を守るためであった。
 四人は顧問の教師から怪我の理由を問い詰められたようだが、他校の生徒に殴られたと口をそろえて答えたらしい。よほど石山が恐ろしかったものとみえる。顧問も不審に思ったはずだが、卒業が近いこともあって深く追及することを避けたようだ。
 石山に礼を言うと、
「終わったことはもう言うな」
相変わらずの風格を漂わせていた。


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