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『現在、台風7号は沖縄県の南西に位置し、明日には沖縄本島に上陸するでしょう。高波、暴風にご注意下さい。…それでは次のニュースです』
テレビの電源を消す。
陽向は昨日せかせかと準備したキャリーケースを見つめて大きなため息をついた。
せっかくの旅行が台風によって台無しにされる…。
陽向は携帯を取り出し、湊にメールした。
『台風だって〜(-_-)』
送った矢先、湊から電話がかかってきた。
『おう』
「ねー、台風来てるってー。飛行機欠航になるかもよ？」
『んー…でも一応行くっしょ』
「欠航になったなんて言われたら、あたし生きていけないよ…」
『まぁそー言わずにさ。とりあえず行ってみよ』
湊の言葉に、陽向は「うん」としか言えなかった。
翌日の天気は晴れ。
沖縄の天気は見たくなかったので見なかった。
早目に空港に着き、便を確認する。
まだ、欠航にはなっていない。
荷物を預ける前に簡単な朝食を摂ろうと、カフェに入る。
陽向は寝ぼけ眼をこすりながらコーヒーをすすった。
「眠い…」
「寝れなかったんか？」
コクッと頷く。
楽しみなのと、台風が心配なのとで昨夜はなかなか眠れなかったのだ。
頭がボーッとする。
「大丈夫かなぁ、飛行機。心配で寝れなかった」
「子供か」
「子供じゃないもん」
陽向は被っていたお気に入りのかんかん帽を顔の前まで持ってくると、大きなあくびをした。
その向かいで湊も大あくびをする。
「湊だって眠いんじゃん」
「お前があくびすっからうつったんだよ」
黙ってコーヒーをすすり続け、30分程したところでカフェを出た。
「あの。今日の那覇行きって、大丈夫なんすか？」
受け付けに行くなり、湊はキャビンアテンダントにそう言った。
「大丈夫ですよ。台風はもう低気圧に変わりましたから」
「えっ？！ほんとですか？よかったぁー」
陽向は満面の笑みで湊を見上げ、「よかったね」と言った。
荷物を預け、搭乗口を潜り抜ける。
案内されるまで椅子に腰掛けて待ち、ついに呼ばれる。
「飛行機乗るの1年振りくらいだからドキドキする」
チケットに書いてある番号の席に座ると、陽向は窓の外を見てニコニコした。
「窓側のがいーか？」
「うーん…でももう座っちゃったしいーや」
とか言いつつ、離陸後に眼下に広がる街を見たいのか、湊を押しのけ外の景色を見ようとしている。
「ほらやっぱ外見たいんだろ。後で席代わってやるから」
湊が口をへの字に曲げてそう言うと、陽向は「ほんと？」と嬉しそうに笑った。
「お子ちゃまだね」
「違うもん」
「そーですか」
母性本能をくすぐるとでも言うのだろうか。
陽向のコロコロ変わる表情や子供っぽい無邪気さに胸がキュンとなってしまう。
いつまでも愛らしい陽向でいてほしい。
この先もずっと、その姿を見ていたい。
石垣空港に到着したのは17時少し前だった。
蒸し暑さの中に若干の涼しさがある。
夕方とあって車の通りが多い道路沿いを2人で歩く。
ホテルまでの道のりは簡単な一本道だったので、空港から散歩がてら歩いて行こうということになったのだ。
飛行機で爆睡していた陽向は眠そうな目をしながら、空気を吸い込んで「気持ちー」と呟いた。
「ホテルまであとどんくらい？」
「んー…10分もねーと思うよ」
「楽しみだねー！」
湊は陽向の笑顔を見て「だな」と言って笑った。
心の中で今夜の事を思いながら。
チェックインして部屋に荷物を置く。
陽向は窓のカーテンを開けた。
「見てー！テラスあるよ！」
窓を開け、外に飛び出す陽向の後を追う。
ウッドデッキで出来たそのテラスから見える景色は、本当に綺麗だった。
目の前に広がる広大な海と沈む夕日。
「せっかくだから海行くか」
「うんっ！行く！」
陽向はキャリーケースから可愛らしいビーチサンダルを取り出して「可愛いでしょー」と言った。
オレンジベースのビーチサンダルには小さな向日葵とビーズのようなものがいくつも付いている。
今日着ているオレンジと黄色のロングスカートにピッタリだ。
ホテルから出て木で出来た階段を降りる。
「ちょっと大きかったかな…これ」
陽向はサンダルをペタペタ鳴らしながら歩いた。
「めちゃくちゃ歩きづらそーだけど」
「じゃあ脱げばいーや！」
そう言うなり陽向はサンダルを脱ぎ捨てて砂浜に走って行った。
「海だーっ！」
湊もサンダルを脱いで走った。
静かに波打つ水面に足を沈めると、陽向もバシャバシャと楽しそうに足を沈めた。
「気持ちいねー」
「な。つーかめちゃくちゃ静かだな」
そういえば、周りには誰もいない。
まるでプライベートビーチだ。
「おりゃっ」
ボーッとしていると、陽向に足で水をかけられた。
「は？ふざけんな！」
負けじとやり返す。
真夏の夕方に静かな石垣の海に2人のはしゃぐ声が響き渡る。
楽しそうな陽向を見て、湊は心が締め付けられるような思いに包まれた。
1ヶ月前までは陽向がこんなに元気に笑っていると思わなかったから。
今、隣で自分に笑顔を向けてくれていることすら奇跡なんじゃないかと思う。
「湊！」
陽向に呼ばれ、はっとなる。
「聞いてるー？今日はテラスで飲もうね！」
「そーだな。後で何か買ってくか」
「うん！」