八-2
数日後。
梅雨の中休みといったところだろうか、夜中のうちに雨は止んでいて、その日は朝から快晴に恵まれた。
久しぶりの明るい日差しがいっぱいに降り注いでいる。祭りの当日であった。
昼間のうちは、小学校の男子児童らが大中小の神輿(みこし)を担いで町内を練り歩き、女子児童らが笛や太鼓の祭囃子(まつりばやし)で盛り上げる。
最終的には神社に神輿を奉納して昼間の行事は終わる。
そして夜ともなれば、神社のそばの広場に櫓(やぐら)を組んで、そこへ酒樽ほどもある大きな太鼓を置いて、その年の年男らが順番に太鼓打ちをするのである。
今はその夜の部の準備の真っ最中で、町の青年部や婦人部、それに消防団までもが駆り出されて、このときばかりは安全巡回に人手を充てる余裕がなかった。
「ただいま」
春子が帰宅した。
浴衣の着付けをしてもらうために、近くの美容院にまで行っていたのだ。
だけどもその声にいつもの溌剌(はつらつ)とした明るさはなく、それでもどことなく、何かを決意したときの大人びた声でもあった。
「おかえり」
紳一が玄関まで出向くと、藍染の生地に可憐なあさがおの柄を施した浴衣姿の春子がいた。
俯き加減にはにかむ春子と目が合う。
紳一は春子に見惚れて言葉を失っていたのだ。
「この色、私に似合っている?」
「ああ、そうだな。春子があんまりきれいだから、ちょっと驚いた」
紳一の目が泳いでいる。春子のぜんぶを目の中に入れてしまいたいと思った。
「そんなことないよ。だってまだ十六歳の田舎娘だもの」
言いながらも春子は胸が詰まるほど嬉しい気持ちになり、それでもできるだけ穏やかに振る舞った。
器用に結われた髪の下の細長い首、そこからさらに視線を巡らせれば、色っぽいうなじが紳一の心を奪う。
血縁はないといっても、歳はいくつも離れている。
それなのにこの心が洗われるような春子の美しさには、ふさわしい言葉が出てこない。
余計な露出などいらないのだ。
さり気なくのぞく足首、手先、透き通るようなうなじから鎖骨に至るまでの薄い肌。
紫乃が春子の成長を見ることができたなら、どれほど喜んだだろう、と紳一は淡い思いに浸った。
「ねえ、お父さんは誰と行くの?」
ささくれ立った畳の居間に上がるなり、いちばん気がかりなところを春子は訊いた。
「工場の連中とどこかで飲もうかと考えていたところだ。何の色気もないけどな」
「私が一緒に行ってあげようか?」
「春子がどうしてもと言うのなら、行ってあげてもいいぞ」
紳一は得意げに言った。
「お父さんが、私と一緒がいいって言うなら、行ってあげてもいいよ」
春子も負けずに強がった。
そこに白い八重歯がのぞいて、春子の顔にとびきりの笑みが灯った。
「約束通り、友達と行ってきなさい。春子が行きたい人と行けばいい」
紳一なりに考えた上での一言だったのだが、寂しい距離を感じた春子は、しだいに笑顔を萎ませた。
「私は、お父さんと……」
言いかけて、かかとを畳にとんとんとあてながら、いじけるように俯く春子。
「どうした?」と紳一に言われても、黙ったまま足の指を結んだり開いたりしている。
「それならこうしたらいい。昼間は友達と出かけて、夜になったら僕に付き合ってくれ。どうだろう?」
紳一は、膝を抱えて座っている春子の背中に自分の背中をくっつけて、わざとそういう構図を好んで座った。
「うん」
背中合わせのまま春子は承諾した。