兎の決意-16
あれからしばらくの甘い時間が経過し、名残惜しくもツキコのベッドから出て、今の俺は既に服を着ている。
ツキコは未だに着替えもせずに、ベッドの中にいる。
「なぁ、まだ、痛むのか?」
「……それもあるけど、何か腰が抜けちゃったような感じがして、動けないの」
「おいおい、大丈夫かよ。動くの、手伝ってやろうか?」
「結構よ。たぶんそのうち戻るから。あと悪いけど、今日はもう帰ってくれる? わたし、これ以上何か相手してあげられそうにないし……それにちょっと恥ずかしいし」
「そ、そうか……でも、俺、ちょっと心配でさ」
「フフ、この痛みとか余韻とか、一人だけで楽しみたいの。それに後片付けもしないといけないし――ごめんね?」
ツキコは俺に心配させまいとしているのか、努めていたずらっぽく振舞っている。
きっと俺は彼女の言うとおりにした方がいいのだろう。
少々後ろ髪引かれる思いながらも、俺は帰り支度をすることにした。
その帰り支度の俺の背中に向かって、ツキコは話しかけた。
「あの、今までどおりでいいから。わたしとこういうことをしたからといって、無理に何かを変えようとしないで」
「――――」
「でも、あの約束だけは守ってね。わたしは、今はそれだけでいいわ」
心が痛んだ。
ツキコは俺に大好きと言ってくれたが、俺は彼女にその言葉を言ってはいない。
ツキコが嫌いなはずはない。むしろ大好きと言ってやりたい。
だが、二人の女にその言葉を同時にかけてやるほど、俺は器用ではなかった。
今の俺が辛うじて出来ることは――――
「ああ、約束は守るよ」
ツキコに振り向いて、俺はそう答えた。ツキコは微笑んでいる。
俺は立ち上がって、彼女にまた学校で、と手を振る。
ツキコもベッドの中で、こくりと頷いて手を振る。
ツキコとの危うい関係の中で、この関係が崩れないように振る舞うことしか、今の俺には出来なかった。
−続−