縄灯（後編）-3
ふと、我に戻るように目を開けた私は、男のものから唇を離すとホテルの窓の外にゆっくりと
視線を運ぶ。漆黒に染められた夜空が、空疎に澄みきった私の想いを吸い込んでいく。
私の中にいる鬼…でもその鬼は笑ってはいなかった。鬼は目覚めることなく、ただ渇望のうつ
ろさを秘めたまま静かな呼吸だけを繰り返していた。
「どうかしたのか…」男が私の髪を優しく撫でながら言った。
「私がもしあなたのペニスを噛みちぎったら、あなたも私の子宮を噛み裂いてくれるかしら…」
「どういうことなんだ…」
「あなたは、このペニスでそんなセックスをしたことがあるのかと聞いているのよ…」
「わからない…きみが言っている意味がよく理解できないな…」戸惑う男に私は薄い笑みだけ
を投げかけ、ふたたび彼の股間に顔を埋め、男のものを唇でゆるやかに締めつける。
浮き上がったペニスの血管に男のからだの中の血流がさらさらと音を立てて流れているのを唇
に感じた。舌先をゆっくりと亀頭の鈴口に近づけ、肉縁をまさぐる。そのとき私は咽喉の乾き
に一瞬襲われ、生あたたかい唾液を呑み込む。
肉縁の溝に少しずつ舌先を潜ませて、ぬめった包皮を舌でほぐしていく。堅くもなく柔らかく
もない彼のペニスの先端が頬肉の内側に触れたとき、私は蕩けるような嗚咽を洩らした。男の
体温を含んだ液汁が私の頬の内側をゆっくり潤わせていく。
男は、私の愛撫を恍惚とした眼差しで、ただじっと見つめているだけだった。私を傷つけるこ
とも、彼自身が傷つくことも望まない男…。無慈悲な情感を湛えた彼の瞳の中で、私の幻影だ
けが深い翳りをもって溶け始めていた。
彼は私の唇のなかに、まるで私の濡れた性器の割れ目をこじ開けようとするようにぐっと強く
ペニスを押し込もうとする。私の咽喉の奥の内側が粘りついた唾液でまぶされる。男は何かに
取り憑かれたような青い酷薄を頬に浮かべながらも腰をひねり、じわりじわりと硬く屹立した
ペニスを卑猥に蠢かせた。
私の唇がぎゅっと絞まり、弛緩を繰り返しながら男のペニスを喰い絞めると、彼のペニスの
がひくひくと痙攣する。でも… ひたひたと私のなかを充たしていくのは、薄墨色の気だるさ
と褪せた死斑で埋め尽くされる微睡みだけだった。
その男とは、一年ほどつき合ったあと別れた…。
別れる理由も、別れない理由もなかった。男のものを貪り、しゃぶりつくし、肉幹から放たれ
た生ぬるい精液を、からだの中に呑み尽くす無為な時間にどれだけ心身をすり減らし続けても、
決して充たされることのない空洞を私は感じ続けていた。私も彼もお互いがセックスを望んで
はいなかった。だからといって毒々しい光彩に彩られた淫蕩を彼と分かち合うこともなかった。