勇気をもって!-6
里香が歌ったのを皮切りに、佐々木、真美と続いた。すすめられるままに優希もマイクを握った。みんな体を揺らしながら聴いてくれた。拍手喝采だった。儀礼でも気分のいいものである。
「さあ、ドリンクで喉を潤して。飲み放題だから」
里香がソーダを一気飲みしてげっぷをしてみんな大笑いした。
全員が一曲ずつ歌うと、我先にと予約が入れられていった。優希も歌うことは好きなので二曲目を予約した。
カラオケ大会だ。手拍子を打ったりタンバリンを鳴らしたり、大騒ぎになった。
鵜飼が二杯目のドリンクを里香と真美に持ってきた時、片平が耳に顔を寄せてきて言った。
「ドリンクあんまり飲まないね。氷、解けちゃうよ」
温かい息が吹きかかって、優希はわずかに身をひねった。
知らない男性がいる席でトイレに立つのが気になるので控えていたのだ。
「新しいの、持ってこようか?」
「いえ、これでいいです」
悪いと思ってレモンティを少し口にした。
変化は優希が二曲目を歌っている時に起こり始めた。
テンポのいい曲なのに誰もノッテこない。見ると里香が鵜飼の腕の中にいる。真美も佐々木にしな垂れかかって、しかも佐々木の手は彼女の胸にある。
歌いながら体が熱くなった。
(何これ……本当だった……)
画面の歌詞が追えなくなって何度も途切れた。
見ないようにしても一番奥にいて画面が正面だからどうしても視界に入ってしまう。
(キス、してる……)
里香も、真美も……。里香の悩ましげな声が聞こえる。
(真美!)
佐々木の手がスカートの中に差し込まれている。
(もう、歌えない)
その時、鵜飼が怒ったような顔で目くばせするのを見た。視線の先は隣にいる片平に向けられていた。片平は微かに頷いて笑った。佐々木も真美の股間に手を入れたままこちらを見て笑いを浮かべている。
優希は心で身構えた。
(あたしにもしようとしている……)
背中が寒くなって膝が少し震えてきた。
マイクを置くと片平が一人で拍手をしてグラスを持った。
「うまいね。乾杯しよう」
いつの間にか里香のブラウスのボタンが外されて乳房を揉まれている。
(やめようよ!)
言いたくても言えない。逃げ出したい。
突然肩を抱かれて身を縮めた。
「ユウキちゃん、可愛いよ」
両腕で抱くすくめられた。
「やめてください……」
身悶えして押しのけようとすると片平の腕に力が加わった。オーデコロンの臭いが鼻腔をつく。いやな臭い。
「だいじょうぶ。変なことしないから」
「してますよ!」
思いがけず大きな声になった。里香が男に抱かれて笑っている。
「優希、恐がらなくていいよ。楽しむだけなんだから」
言いながら、なんと腰を浮かせてパンティを脱ぎ始めた。
「里香!だめよ!」
「優希、勇気を持って」
自分で言って里香はけらけらと笑った。
「うまい!」
鵜飼が言い、真美も佐々木の胸でVサインで同調した。
「ノッテルね。俺たちも盛り上がろうよ。乾杯しよう」
(なぜこんな……)
ハイテンションなんだろう。里香も真美もふつうじゃない。と、思った時、暗雲が頭に立ち込めた。
片平は何度ドリンクを勧めたことか。……おかしい。……
里香も真美も二、三杯飲みほしている。薬を入れられたのではないか。
(きっとそうだ)
疑惑はあっという間に確信に近くなった。鵜飼が一人で運んでいたのだ。そこで混入されたのに違いない。何の薬かはわからないが、それで惑わされて自分を見失っているんだ。
息を呑んだ。里香が鵜飼のペニスを握っていた。
「ユウキちゃん、ほんとに勇気を出そうよ」
片平の声は上ずっていた。目の前の展開に刺激されたようだ。
乱暴に胸を掴まれた。
「いや!」
「何言ってんだ。お嬢様だって考えることは一緒だろうが。やりたいんだろ?」
屈辱が渦を巻いた。膝がぶるぶると震えて唇を噛みしめた。恐怖でもあり怒りでもあった。騒ぎになって学校の名前が出たらどうしよう。こらえていた理由がそこにもあった。だが、もう……。
「片平、いいからやっちゃえ」
「おう、面倒かけるなよ。気持ちいいことするんだから」
優希は渾身の力を腹に込めて自身に念じた。
(優希!勇気をもって!)
次の瞬間、ドリンクをグラスごと片平の顔に投げつけた。
「いて!何するんだ!」
立ち上がってテーブルを乗り越えて内線電話を取った。
「助けて!乱暴されてます!警察呼んで!」
呆然とした男たちの顔がすぐに強張った。
「こいつ……」
「やばいぞ」
鵜飼が慌ててズボンを引上げた。
危険を感じて優希がドアの外に出ると二人の店員が走ってくるのが見えた。