その(四)-5
階下の部屋に戻ると栗田は煙草を吸っていた。
「吸うのか」
「うちにいる時だけ。君は?」
「いや」
栗田は煙草を揉み消すと、
「何か言ってたか?」と訊いてきた。
「ああ、再婚だって。……両親とも亡くなったんだってな。知らなかったよ。大変だったんだな……」
栗田は無表情であった。
「他には何か?」
私は母親が言ったことをかいつまんで話した。
聞き終わって、栗田は「ふふん」と鼻で笑って、また煙草に火をつけた。
「二人でやっていくって言ってたか……」
「うん」
「たしかに二人だもんな……」
沈黙のあと、栗田が語った話を聞きながら、私は体が強張るのを感じていた。顔も変えずに私を見据える目だけが射すくめるように冷たい輝きを放っていた。
父親が亡くなった時、初めは父方の祖父母が栗田を引き取ることになっていた。伯父や叔母も含めて話し合った結果であった。継母は美穂といい、彼女も何の異存もなく、籍を抜く段取りにまでなっていた。
「悪いけど、あたし自由になるから」
親族が帰った夜、美穂は栗田に言った。
「あんたも大変だけど、あたしだって一年で居場所がなくなっちゃったんだから」
ところが話が急展開した。わずか数日後、美穂が自分で育てると言いだしたのである。
縁あって一緒になったのだからこの子の面倒をみていきたい。自分は母親なのだと主張し始めた。新族とはずいぶん揉めたようだが、最終的に、
「ぼくに任せるということになった」
「それで、母親と暮らすことになったのか」
「うん……どうでもよかったからね……」
「だけど、なんでお母さんは急に気持ちが変わったのかな」
「理由は簡単さ。交通事故の賠償金と生命保険」
受取人は息子の栗田になっていて、総額一億を超えそうだと判ったからだ。あからさまに口には出さなかったが、
「まちがいなく、そういうことさ。あいつ、そういうことにうといから誰かに聞いたんだろう。ぼくにくっついてれば食いっぱぐれがないと思ったんじゃないかな」
しばらくして、ふと洩らしたことがあったという。
「慌てて籍抜かないでよかった……」
そして、美穂の性癖。そのことは半年ほどしてわかったことであった。