プライスレス・プレゼント-4
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ヴェルナーと別れ帰宅すると、意外な光景がサーフィをまっていた。
なんとヘルマンは鞄にせっせと荷造りをしていた。上着も白衣から、外出用の黒いコートに着替えている。
「ヘルマンさま……?あの、どこかへ……?」
「ああ、急ですみませんが、今からロクサリスに行って参ります」
「え!?」
「あちらの女王陛下から、錬金術ギルドに急ぎの注文が参りましてね。少々難しい品ですので、一週間ほどかかりそうです」
「は……はぁ、そうですか……」
フロッケンベルクと隣国ロクサリスは、昔から険悪な仲だったらしいが、今のアナスタシア女王が即位していらい、比較的友好になってきたそうだ。
数年前、人狼や周辺国の大襲撃があった際も、ロクサリスはフロッケンベルク側に付き、周囲を驚かせたらしい。
そんな隣国の女王相手なら、多少の無理を聞くのは当然かもしれない。
へにゃぁぁと脱力しかかる身体を、サーフィは必死で起こす。
「サーフィ?何かまずい事がありましたか?」
「い、いえ……」
ヘルマンのことだ。自分の誕生日を忘れているのではなく、大したことではないと気にもしていないだけだろう。
一瞬、急いでもう一度プレゼントを探しに行こうかと思ったが、ヘルマンの様子では、今すぐにでも出かけてしまいそうだ。
せめてこれだけ言おうと、サーフィはそっと後ろから声をかける。
「一日早いのですが……お誕生日おめでとうございます」
荷造りをしていたヘルマンの動きが、ピタリと止まった。
「今年こそ、きちんとした誕生日プレゼントを買いたかったのですが、貴方が何を欲しいか、どうしても解らなくて……」
そこまで言ったところで、やっとヘルマンは振り向いた。
眉を潜め、怒っているようなこの表情だ。だがこれが、本当はどんな心境を表しているのか、サーフィはちゃんと知っている。
素直でない氷の魔人は顔を赤くし、拗ねたように口を尖らせる。
「シシリーナで君が毎年くれたプレゼントも、とても素敵でしたよ」
「でも、あれは……」
「君を一度手離したあとも、僕は未練がましくカードを捨てられませんでした。今も全部取ってあります」
ふわりと幸せそうに口元を緩めたヘルマンに、抱き締められる。そのまま耳元で、甘く囁かれた。
「サーフィ、キスをしてください」
「……え?」
「欲しいプレゼントを頂けるのでしょう?」
「え、ええ……」
「君は酔っ払うとなかなか積極的ですが、シラフの時にはしてくれませんからね」
少々イジワルな囁きに、今度はサーフィの顔が真っ赤になる。
心臓を壊れそうに動悸させながら両手をヘルマンの頬にそえ、ひんやりした唇に自分のそれを重ねた。
軽く重ねるだけのそれを、促されるまま段々と深くしていく。
頭がぼぅっとして立っていられなくなる頃、ひょいと抱き上げられた。
「ふぁ!?あ、あの……?」
「ロクサリスに行くのは、誕生日のごちそうを食べ終わってからにします」
「ごちそう……?」
「君に決まっているでしょう」
「!」
***
寝室で蕩かされながら、サーフィは思い知る。
ヘルマンがよく言っていたとおり、世の中はギブアンドテイクだ。
どれほど無償に見えたとしても、そこには見返りが存在する。
プレゼントの代償を、サーフィもちゃんと得ているのだから。
ヘルマンという人間が生まれた事を喜び、その数奇な人生を経て出会えた事に感謝するため、サーフィは今日この日を祝う。
誕生日おめでとう。
私の得るとびきりの報酬は、貴方の幸せです。
終