その(二)-5
私たちが階下に下りて行ったのは昼近くになってからである。二人とも全身をぶつけ合って戯れ、気が抜けるほどの疲れに被われていた。ぐったりしながら、その疲れは心地よく、そのまま二人で眠りに就きたい幸福感に満たされていた。だが何より空腹であった。
台所には伯母が作ってくれたおにぎりと卵焼きが用意されてあり、舞子は味噌汁を温めた。
居間のテーブルに並べて頬張り始めた時、ぎょっとして硬直した。縁先に母の姿が現れたのである。舞子は庭を背にして座っている。
「勉強ははかどってる?」
背中越しの声に舞子は悲鳴をあげた。無理もない。ついさっきまで濃厚なセックスをしていたのだ。
引き攣った顔で振り向いた舞子は驚きの反動からか、突然嗤い出した。
「びっくりした。叔母さん…」
「驚かせちゃった?どうしてるかと思って」
私の動悸の乱れも相当なものだった。
「達也の勉強を見てたんじゃ、舞ちゃん自分の勉強出来ないでしょ」
「いえ、達ちゃんできるから、すごく楽です」
二人のやり取りを聞きながら母の表情を窺った。
(もしかして、疑いをもってやってきたのではないか?)
二人で変なことをしてるんじゃないかしら……。
そんなはずはないと思いながらも、自分に疾しさがあるから神経が敏感になった。私は平静を装いながら観察した。
どうやら杞憂とわかって、改めて冷汗が脇の下を流れた。
あと少し長引いていたら…。少し早く母が訪ねて来たら…。
縁側から上がり込んだ母は手提げの紙袋を舞子の前に置いた。菓子か何か、手土産ということだろう。
「夕方来られないからーー」
舞子に礼を言い、今度は私に向かって、
「伯母さんがあんたにお願いなんだって」
「お願い?」
その話を聞きながら、私と舞子は信号のように目のやり取りを繰り返した。
それはときめきを禁じ得ない話であった。私に今夜泊ってくれないかというのである。武が私と遊べなかったから一日損した。だから、
「一緒に寝るんだって利かないらしいのよ」
試合を応援に行っている伯母から電話があったという。
(舞子の家に泊まる!)
「どう?いい?」
母に言われて咄嗟に困った顔を作った。
「あいつ、寝相が悪かったからなあ」
小さい頃蹴飛ばされたことがあった。
「その頃は幼稚園だもの。もう大丈夫よ。それと、宿題も見て欲しいんだって」
「面倒だな」
「そんなこと言わないの。あんただって舞ちゃんに見てもらってるじゃないの」
「うん…」
舞子をみるとちょっと俯いて、固く結んだ口元が笑いを堪えているように見えた。
内心は叫びたいほど嬉しかった。武の部屋は舞子の部屋と襖一枚で仕切られてあるだけだ。
(武が眠ったら…)
それはたまらない想像である。舞子だってきっと今同じことを考えている。夜という状況設定が魅惑の愉しみを連れてきてくれる。……
「舞ちゃんもご迷惑でしょうけど、よろしくね」
私たちの話を黙って聞いていた舞子は愛想笑いを浮かべて、
「いえ…迷惑なんて…こちらこそ武がすいません…」
妙に改まって頷いた。
しばらくして母が帰ることになり、舞子は庭に出て見送った。
「お父さんによろしくお伝えして」
手を振り、姿が見えなくなると二階に駆け上がった。私も続いた。私たちは体をくっつけ合って外を眺めた。
窓からはブドウ畑の間に母の日傘が見え隠れして小さくなっていった。