その(二)-4
体を離しても舞子はぐったりとしていた。目を開けて私を見上げるものの、下半身をさらけ出したまま陶然としていた。
あっという間に過ぎ去った出来事であった。抜け落ちたコンドームと口を開けた舞子の性器。いましがたの行為の実感が覚束ない。
(舞子とセックスをした…いまセックスをした…)
矢継ぎ早に『現実』を追いかけた。
開いていた性器が蠢くように唇を閉じて、代わって彼女の笑みが私に注がれた時、結ばれた歓びが体感として感覚された。
舞子への愛しさが以前にも増して胸に満ちているのを感じて彼女の乳房に触れた。シャツの上からなのに、
(柔らかい…)
「ああ、いい気持ち…」
息を弾ませて言う。悩ましい言い方だった。
「見ていい?」
「いいよ」
舞子は自分でシャツとブラジャーをたくし上げた。白い乳房がぽろりと現れた。
「きれい…」
「ありがとう」
舞子は吐息のように応えた。
掌に包む。べっとり汗ばんでいるが指先が抵抗なく沈む。
その柔らかさを何かにたとえようと思っても思い浮かばない。
「柔らかいね」
「いい気持ちだよ、達也…」
この日まで『達也』と呼ばれたことはなかった。
「達也って呼ばれると、ぼく、何だか嬉しい…」
舞子は照れくさそうに笑って、
「だって、セックスしたから…」
それまでの関係とはちがう。私はそう解釈した。するとふつふつと嫉妬が湧き起こってきた。
「彼氏にも、そうなの?」
舞子の顔が曇って、間が空いた。
「もう、付き合ってない。したのは二回だけ。今は達也だけ」
「ぼくだけ?」
「そうよ。この前、決めたの」
それを聞いて嬉しくなった。
彼女の心の機微を感じ取って思いやるなど、その時の私に出来るはずはない。ただ初めてセックスをしたことで私の中に『男』が芽生え、それまで気にならなかった相手の存在が忽然と浮かび上がってきただけだった。
「ごめんね…」
ぽつんと言った舞子の目が潤んできた。なぜ泣くのか、涙の意味が分からなかった。
「どうしたの?」
「嬉しいのよ、今は…」
うろたえた私は乳房を揉み、胸に頬を擦り寄せた。
乳首の色がとてもきれいだ。西洋の絵画で観たような気がした。
舐めるとしょっぱい味がした。そして男とは異なる汗のにおい。それはあの感覚的な『臭い』ではない。
「オッパイ舐めると気持ちいい…」
舞子の呼吸が乱れ始めた。
繁みに手を伸ばし、そのまま股に滑っていく。
「ううっ…」
亀裂に入り込むと舞子がしがみついてきた。
(こんなにぬるぬる…)
指を折り曲げただけですんなり吸い込まれていく。
「うう…達也!」
奥深く、熱い。根元まで入れてもまだ先がある。滑らかで微妙な感触が指にまとわりつく。
(ここに入ったんだ…)
すでにペニスは硬くなっていた。
「舞姉ちゃんの、見せて」
舞子は息を整えるように唾を飲み込んでから掠れた声を出した。
「…いいけど…ちょっとよ…」
指を抜き、膝を割ろうとすると、
「ちょっとよ」
いざとなったら羞恥が走ったのか、腰をやや捻って手で股間を隠した。
弱々しいしばしの抵抗のあと、閉じていた脚は弛緩して観念の開脚をみせた。
(すごい…)
縦に割れた分厚い唇。陰毛までべっとり濡れている。触ると山芋みたいにぬるぬる。
顔を近づけて、体が強張った。
(臭い…。あの臭いに似ている…)
気持ちを煽り、衝き動かす、あの感覚的な『臭い』…。だが、どこかが違う。とても似ている。生臭く、むっと鼻腔に纏わりつく妖しい臭い。しかし、何かが違う。
「達也、もういいよ。あんまり見ないで…いや…」
構わず太ももを押さえて口をつけた。
「あ!いや!だめよ!」
頭を擡げたものの体が収斂したのか、突っ張ったまま泣き声のような声を上げた。
突然の反応は私に引火した。
舌を使ったのは意識した愛撫ではない。惹きつけられた、本能ともいうべき性的衝動の現れであった。
舞子が乱れ、陰部の臭いが拡散されて私は夢中で割れ目を舐め回した。
「いや!感じる!こんなの初めて!」
口先はぬめりに塗れ、さらに舌を奥へ奥へと差し込んで抉った。
「いい!もうだめ!」
荒々しく稚拙であったが滅茶苦茶な行為が結果的に舞子を錯乱させ絶頂に導くことになった。
「あうう!」
目いっぱいのけ反った直後、全身が震え、呻き続けるその顔にはまるで意識がないように見えた。
びっくりして声も出なかった。
(病気か…)
小刻みに痙攣する舞子を見て本気で心配したものだ。
やがて目を開けた彼女の安らかな顔を見てほっとしたものだ。
(気持ちよくなったのだ…)
「舞姉ちゃん…」
「達也…達也…きて…」
舞子が腕をあげて私を迎えた。目はうつろで朦朧としている。
(ああ…また入る…)
体を預けて一気に一体となった。
「ああ!達也!好き!」
「舞姉ちゃん!好きだ!」
渦巻く昂奮の中、コンドームのことなど頭にない。
「出ちゃう…」
「いいよ、いいよ」
抜き差しするまでもなく極まった。
「達也…」
混乱した状況でありながら、私たちはどちらからともなく唇を求め、まるで互いの快感を交歓し合うかのように貪った。