その(二)-2
朝六時には出発する。伯母から聞いていたので、早起きして朝食を済ませると早々に支度を整えた。七時を過ぎたばかりである。
「いくらなんでもまだ迷惑よ」
もう舞子しかいない時刻だ。
「午前中のほうが記憶力が働くんだ。舞姉ちゃんに訊いてみてよ」
私はことさら子供っぽく言ったものだ。
「勉強教えてもらうんだ。舞姉ちゃんいるかな」
「いるわよ。ちゃんと準備しておくって。でもご飯まだじゃないかしら」
「訊いてよ、訊いてよ」
母が笑いながら電話をかけるのを見て、さすがに後ろめたい思いが過った。
(舞子と会える…二人きりで会える…)
膨らんでいく予感…。あの日握られた彼女の手の感触はいまでも自慰の度に思い出す。唇、胸、白い脚…私の脳裏は舞子で占められていた。
その日から三日間、私は舞子の『臭い』の只中にどっぷりと浸かって未知の世界を泳ぎ続けた。そこで知ったことはすべて私の『男』を形成する源であり、旅立ちであり、さらに人間の『生』そのものだったようにも思える。
猥らで貪欲で、しかし、美しく崇高な快楽の世界。その世界は宇宙のように果てがなく、だからこそとめどなく陶酔し、終わりのないもどかしさに悶えるのだった。しかも私たちはまだ性の扉を開いたばかりなのである。
声をかけるまでもなく、玄関から続く廊下に舞子は立っていた。待ち構えていたのだと思う。
アルファベットがプリントされたピンクのシャツ、裾にフリルのついた白いミニスカート。私服姿はいままでも見ているが普段着ではない。とても可愛かった。私を迎えるために装ったのだろうか。
「舞姉ちゃん…」
舞子は何も言わない。少しずつ後ずさっていく。下がりながら小さく二、三度頷き、無言のまま、上がれと言っていた。私は視線を絡ませたまま靴を脱ぎ、引かれるように後を追った。
舞子の足が止まって一瞬伏せられた目が見開かれた。今度は一歩、二歩とすり足で進んで来る。
「!」
勢いがついてそのまま体当たりしてきた。
私たちは言葉を交わすことなくぶつけるように唇を合わせた。ひしと抱き合い、なおも体を押しつけ、口をつけたまま唸るような声をあげていた。
舞子の口臭、唾液が口から洩れ、熱い鼻息が交差する。苦しくなって口を離し、掻き抱いてはまた激しく唇を貪った。
下半身を押しつけた拍子に舞子の足がもつれて倒れかかり、私は抱えたまま重なっていった。柔らかい舞子の体が押し返すように伝わってくる。
(女の体だ!)
むしゃぶりつき、無闇に体を擦り当てた。意識しなくても体が動いてしまう。二人の荒い息遣いと廊下で求め合う擦過音が聞こえるばかりである。
舞子の動きが止まったのはバイクの音が聞こえたからだった。驚いて私を押し返して表を窺った。音は間もなく遠ざかっていった。
「たぶん、郵便配達だわ」
玄関は開け放たれたままである。縁側のある広い居間もガラス戸は全開になっている。
舞子の家は少し高台にあって隣接する家はない。とはいえ近くにいくつかの家はあるわけで、無防備な行動に冷や汗が出た。おそらく舞子も同じ思いだったようで、急いで立ち上がると、
「二階へ行こう…」
乱れた髪が汗で頬に張り付いていた。
「閉めてこようか」
玄関を指さして言うと、
「いつも開けてるから」
もし誰か来た時、却って変だという意味のようだ。そういえば天気のいい日にはどこの家も玄関は開放されている。
「もしかしたら後で叔母さんが来るかもしれないし…」
母のことである。まさか、と思いつつ、確かに何か冷たいものでも持って様子を見に来ないとも限らない。舞子がそこまで考えていたことに感心した。