『清子と、赤い糸』-13
キィン！
「え……」
気負い込んで２番打者に投じた初球。しかし、それは、相手のスイングにあっさり浚われて、センター前へ弾き返された。
岡崎が本塁へ還り、“一軍”に２点目が入る。
（ま、まだまだや！）
キィン！
「！？」
一打席目は詰まらせたはずの、３番打者に対する速球だったが、川に届かなかったとは言え、外野の頭を抜ける当たりを打たれ、瞬く間に３点目を奪われてしまった。
（な、なんや、急に……）
清子はそれが、岡崎が繰り返したファウルによって、“一軍”の打者にタイミングを掴まれていたのだと、気がついていなかった。
岡崎は、清子との勝負に心を砕く最中も、１番打者として求められるチームバッティングを、こなしていたのである。“真剣勝負”と清子が言ったとおり、“試合”の中での役割をこなす彼は、間違いなく、投手としての清子と、真摯に対決をしていたわけだ。
キィン！
「あ……」
４番打者のスイングが、ライト前に抜ける強い当たりを生み出す。本塁上でクロスプレーにはなったが、セーフになり、清子はこれで４失点目を喫することとなった。
「くっ……」
だが、清子は諦めなかった。タイミングを掴まれてもなお、臆することなく力強い速球を繰り出し、二塁手の好捕にも助けられ、満塁のピンチを迎えつつもなんとかそれ以上の失点は防いだ。
「清子、ようやったな。次からは、交代や」
「はい……」
それでも、自分が限界に達していたことはわかっていて、星野に交代を告げられた時に、素直にそれを受け入れていた。全力投球の影響は顕著で、最後の方は、握力もかなりなくなっていて、本当に気力だけで投げていた。
試合は結局、１６対０の、５回コールド・ゲームで終了した。清子の後を受けて登板した投手陣は、さらにエンジンのかかった“一軍”を相手に成す術もなく“サンド・バック状態”となり、４失点ながら一番点を許さなかったのは清子だという結果になった。
「陵 清子、やったな。明日から“一軍”に来るんや」
「え！？」
試合終了後、“一軍”と“二軍”合同のミーティングがその場で行われ、清子は思いがけないその言葉に、耳を疑った。確かに、好投する場面はあったが、結果としてはＫＯされた自分が、まさか、“一軍”への昇格を認められるとは、思っていなかったのだ。
「あと、小池と、下澤も、“一軍”のメンバー入りや。ええな？」
清子のほかに、捕手（小池）と二塁手（下澤）の少年二人が名前を呼ばれていた。
捕手（小池）は、無得点に終わった“二軍”の中にあって、打つほうでは２安打と気を吐き、また、失点を重ねる投手陣をそれでもなんとか鼓舞して、試合を諦めない姿勢を見せ続けた点が評価されたようだ。
二塁手の少年（下澤）もまた、右に左に矢継ぎ早に飛んでくる打球を、ユニフォームを泥だらけにするぐらい飛びつき続けた姿勢を認められ、“一軍”の切符を手にすることが出来た。
“一軍”の監督が見ているのは、“結果”ではなく“経過”だったというわけである。どのような展開になろうとも、野球に取り組む姿勢を一変させないところを、彼は一番評価しているのだ。
パチパチパチ…
「まーちゃん……」
岡崎が、名前を呼ばれた三人を讃えるように、拍手を繰り返した。それを合図にして、その場にいた全員からの祝福を、清子たちは受けることが出来た。
「………」
不意に、目頭が熱くなって、清子は抑えようとしたが堪えきれずに、涙を流してしまったのだった…。 …』