その(一)-4
「あたしね、彼氏がいるの。もう経験してるのよ。言っちゃだめよ、誰にも。だからセックスしたい顔がわかるの」
「………」
「達也くんならいい。でも、今はだめよ。スキンがないから。わかる?」
私はこっくりと頷いたが、実は意味が理解できなかった。スキンがコンドームのことだと知らなかったのだ。
舞子は周囲を窺うように見回してから口を少し尖らせてつっけんどんに言った。
「出してみて…」
「え?…」
「出しなさいよ」
「何を?」
「とぼけなくていいわ。硬くなってるでしょ。わかるわ。だから手でならしてあげる…」
大胆に言う舞妓の頬が火照っていた。
勃起したペニスを人前に、しかも女の目の前に晒す。考えたこともない事態に直面しながら、なぜか羞恥が起こらなかった。昂奮が思考を飛び越えていたのかもしれない。
舞子が見守る中、私はズボンのファスナーを下ろし、腰を引いて漲った肉幹を引き出した。
「ふう…」
舞子の溜息が聞こえた。
そそり立ったペニスは硬直を極めていた。真っ赤に充血した亀頭を見て、私は自分で感動した。それまで不完全だった包皮が見事に剥けていたのである。
「すご…」
舞子は言葉を呑み、おずおずと手を伸ばしてきた。
「触るよ…」
腰を屈み、幹を握った。
(ああ…舞姉ちゃん…)
「硬いね…」
まじまじと見つめ、無造作に扱いた。
「あ!」
力任せに引っ張られて強烈な刺激であった。たちまち射精感が突き上げてきた。見下ろすと胸元の乳房の膨らみが目に入って呆気なく堰を切った。
「出ちゃう!」
「え…」
慌てた舞子の手にさらに力が加わる。
「あっ」
「キャッ…」
迸りの一弾が舞子の顔にかかり、手を離して後ずさったところへ服にも飛び散った。のけ反った舞子はバランスを崩してすとんと尻もちをついた。
私は体を折りながら踏ん張って放出した。
舞子が固唾を飲んで見つめている。彼女の忙しなく動く目が可愛かった。だから滴を垂らしながらもペニスを晒し続けた。
(舞姉ちゃんが驚いてる…)
そのことが言い知れぬ快感となって心に沁み込んできた。
「ふふ…ふふふ…」
舞子は含み笑いをしながら、縮こまっていくペニスと私の顔を交互に見て、
「気持ちよかった?」
余裕のある笑いには見えない。
「すごく飛ぶんだね…」
スカートやブラウスにも飛沫が付いている。
萎えてカリントウのようになったペニスを仕舞うと、舞子は息をついて初めて恥ずかしそうな表情を見せた。顔には汗が光っていた。
立ち上がって湧水で顔を洗い、ハンカチで服を拭いた。その後姿を見ているうちにふたたびあの生臭い『臭い』が戻ってきた。私の視線を感じたのか、彼女は振り向き、ちょっと頬を弛めてから真顔になった。
雑木林を出たところでどちらからともなく手を繋いだ。家へ帰るまで私たちは一言も口を利かなかった。
それから二日間、舞子と二人きりになる機会は一度もなかった。
弟の武は私のことをよく憶えていて、
「兄ちゃん、兄ちゃん」と慕って朝早くから実家にやってきた。
齢の離れた姉ではふだん相手にしてもらえないのだろう。二日目にはだだを捏ねた武と一緒に寝ることになった。
「舞ちゃんも泊っていったら?」
伯母の一言に武が猛反対した。
「お姉ちゃんは帰れ、早く帰れ」
私を独占したいようだった。
帰り際、武がトイレに行った隙に舞子が素早く私の腕を取り、ほんの一瞬、キスをした。
翌日、伯父と伯母は甲府駅まで見送りに来てくれた。武も舞子も一緒だった。
武がぐずっていると、
「夏休みにまた遊んでもらえるだよ」
伯父の慰めも子供には効果はない。
「受験だから夏は来られないのよ」
母が余計なことを言ったので武は声をあげて泣き出した。
私は騒ぎから離れて舞子を見つめていた。純白のブラウスと紺のスカートがとても美しかった。
列車の入線がアナウンスされて人が動き始めた時、舞子がすっと近寄ってきた。
「夏、来られないの?」
「わからないけど、受験だからって、お母さんが…」
「塾行ってるの?」
「夏季講習がある…」
「少しくらいなら大丈夫じゃない?武もあんなだし…」
「武…」
泣きやんではいたが、まだ洟をすすって私の方を見ていた。
列に並んでいる母が呼んだ。歩き出して、舞子が囁いた。
「今度来たら教えてあげる…。いろいろ…」
確かな『臭い』に私は顔を歪めて列車に向かった。