その(一)-3
舞子はいったん背を向けたあと、すぐにひらりと向き直った。
「達也くん。よく虫捕りしたね。湧水の方」
「うん…」
私はさりげなく股間を手で被い、体を斜めにした。
「行ってみようよ、達也くん」
「まだクワガタはいないよ」
「いないけど、木陰で涼しいわ」
森の奥へ行く。舞子と二人で……。いままで何度も行ったことがあるのに、慌ただしいざわめきが胸に起こった。
その時の私に下心などあるはずもない。ただ、妖しい『臭い』の感覚に誘われて歩いて行っただけだった。
道はやや登りである。私は彼女と並ばずに、少し遅れて、ふくらはぎの筋肉の動きや紺のスカートの尻の形などをちらちら見ながら、いつの間に大人の体になったのだろうと不思議でならなかった。
「それ、制服なの?」
「うん。今日、午前中だけ部活だったの。バドミントン」
「ふうん…」
ブラウスの背中に少し汗が滲んでいた。
雑木林に入って、さらに急な坂を登ると、やがていくつかの大きな岩が露出している場所に出た。木々が欝蒼としていてひんやりしている。その岩の間から水が湧き出ていた。
「よくここで遊んだね」
舞子は飛び跳ねて水場に下りると小さな流れに両手を浸した。
「気持ちいい」
私も続いて流れを飛び越えて彼女と反対側で水に触れた。
「冷たい…」
「真夏でも冷たいもの」
前屈みで掌の水を飲む舞子の襟元から胸のふくらみと下着の一部が垣間見えた。
(きれいだ…)と思った。
そこは手足の肌よりももっと白く、柔らかそうだった。女の肌を美しいと感じたのは初めてであった。
そういえば舞子と二人で何度もここへ来た記憶がある。武が昼寝をしている隙に抜け出して来たのだ。女の子と遊んでも面白くないと思っていたはずなのに、なぜそんなに一緒だったのだろう。
「暑いわね」
屈んだ姿勢のまま、舞子が無造作に胸のボタンをひとつ外した。
(それほど暑くはない…ここは木陰だし…)
さっき走ってきたからか。
思いながら、見下ろすとその部分に幻惑されて体が動かなくなった。乳房の形まで現れて双丘の谷間がはっきりと覗いた。
私に上目を向けた舞子の口元には微かな笑みが浮かんでいる。だが、目は笑っていない。
その表情を何と表現したらいいのだろう。やさしくもあり、また今にも怒り出しそうな緊張感も感じられる不思議な顔であった。
「達也くん…」
流れを越えようとすると舞子が手を差し伸べた。
「大丈夫だよ」
ひと跨ぎで簡単に飛び越えられる。
「いいから、いらっしゃい」
言われるまま手を握って流れを超えた。その手は乱暴に引き寄せられ、私はそのまま抱き竦められた。
取り巻いていた『臭い』が消え、代わりに汗の臭いがした。むせるような体温と舞子の臭いだった。
「あたしを好きなんでしょう?」
「?……」
「キスしてあげる…」
考える間もなく口が塞がれた。ちょっと生臭い口臭と温かい鼻息。私は反射的に舞子を抱きしめ、気がつくと下半身を押しつけていた。舞子は目を閉じている。こんな近くに舞子がいる。……
体を離したのは私の方からである。そのままでいると射精してしまいそうな昂奮であった。
離れた、とはいえ、目の前で向き合っている。
二人とも息が乱れていた。
「あたしを好きなんでしょ?」
「好きって、何が…」
「目を見てて感じたわ」
「何を…」
「あたしを好きってことよ」
いままで思い出すこともなかった。
(好きでも何でもない…)
だが、精通を導いたあの『臭い』を感じ、昂ぶり、勃起しているのは事実だ。生身の舞子に触れた今、『好き』でないとはいえない。
「達也くん…」
「舞姉ちゃん…好きだ…」
口に出して頬が熱くなった。
「セックスしたいんでしょ…わかるのよ」
あまりにはっきりした物言いに驚きながら、動揺はしなかった。