その(一)-2
実家に着くと、昼飯もそこそこに川へ行った。家にいると伯父や伯母に勉強や志望校のことなどあれこれ訊かれるに決まっている。いちいち答えるのが面倒なので早々に逃げ出してきたのだ。
爽やかな風が川面を伝って私の顔をやさしく撫でてゆく。目に沁みる新緑はきらきらと木漏れ日を通してさらに鮮やかだ。岸辺に近づくとウグイの群れが一斉に深場へ散った。
(あとで釣りをしようかな…)
思い切り石を投げてみたら対岸の木に当たって跳ね返った。
(この前来た時は届かなかった…)
嬉しくなって何度も投げた。
しばらくして自分を呼ぶ声が聞こえた。見まわすと堤の上から手を振りながら誰か下りてくる。女だということは遠目にもわかる。
「達也くーん」
その声で舞子だとわかった。風邪をひいたような鼻にかかった声だ。
(舞姉ちゃん…)
そう呼んでいた。前に会った時、舞子は中学二年生、小学生の私から見ると大人っぽくてまさに『姉』の存在であった。
「やっぱりここか」
顔がはっきり判る所まで舞子は走ってきた。
その時である。私は不意に戸惑いを覚えて顔を伏せた。あの『臭い』が襲ってきたのだった。テレビで観た女優の時とは比較にならないむせ返るほどの濃厚な臭いだった。ペニスがピクンと跳ねた。
股間の変化を悟られまいと私はしゃがみ込んで石を手にして意味もなく打ちつけた。
「何してたの?」
「別に、何も…」
「久しぶりだね、達也くん。何年ぶり?」
「どのぐらいかな…」
見上げると舞子は日差しを浴びて眩しそうに目を細めてにっこり笑った。
胸の膨らみを見て慌てて目を逸らせた。陽を透かしたブラウスを押し返していた。これまで彼女の胸を意識したことはない。関心もなかった。だがこの日は真っ先に目に入った。それほどたっぷりの量感を湛えていた。
「達也くん、大きくなったね」
「少し伸びた」
「少しじゃないよ。何センチ?」
「百六十五かな」
「あたしより大きいじゃん。まだ伸びるね」
伯父たちの質問みたいで、私は返事をしなかった。
「今日は夏日だって。まだ五月なのに」
舞子は小石を拾うと川に向かって投げた。石は中ほど辺りまでしか届かない。翻るスカートの裾から白い内股が眩しく躍った。背中にはブラジャーが透けて見える。うっすらと肌の色も浮かんでいる。悩ましさに動悸が弾み出した。
不意に舞子が振り向いたので、私は目を逸らすことが出来ずに昂揚した意識のまま睨みつける格好になってしまった。
「なあに?」
「いや…」
小首をかしげた舞子の表情に変化が起こったのは間もなくのことである。私の視線を受けながら笑みが徐々に消えていった。
「思ったけど、達也くんの目って……」
言葉を切って、舞子は急にうろたえたように顔を伏せた。
どうして様子が変わったのか、わからなかった。私が何らかの意思をもって彼女を見据えたわけではない。舞子の体に目を奪われて、やましい視線を外すタイミングを失しただけである。
俯いた横顔が妙に艶めかしくて、私はさらに強い臭いの渦に巻き込まれていった。完全に勃起していた。