『また、明日』-4
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「ず、ずみまぜん……不意打ちで……」
驚愕するベルンの前で、ミランダは顔を真っ赤にして……というか、盛大に噴いた鼻血で本当に真っ赤にしていた。
「いや、大変なのはそっちだろう!具合でも悪いのか?」
とにかく座らせようと一歩近づくと、金切り声のような悲鳴が上がった。
「ぎゃああ!!団長!!近づかないで!!ていうか、服着てください!!」
「へ?あ、すまん!」
ベルンは慌ててシャツを羽織った。
男嫌いの噂は本当だったらしい。しかもカティヤより重傷のようだ。
しかし、ミランダは顔を背けるどころか食い入るように凝視しており、しかも心なしか……その視線は、なんとなくギラギラしている。
「いや、その……妙な意味合いはなかったんだが……」
しどろもどろで言い訳しながら頭を掻くと、ミランダが干草の山にひっくり返った。
「お、おいっ!大丈夫か!?」
慌てて駆け寄ると、ミランダはヨロヨロと身を起した……が、突然両手でガシッとベルンの身体を掴んだ。
「だ、だんちょぉぉっ!!こんな理想筋肉を見せつけられて、我慢できるかってんです!!
くぁああ!!しかも、羽織ったシャツからチラ見せ!!私を殺す気ですか!!
責任とって撫でまくらせてください!!」
「え?あの、ちょ……は!?はぁぁ!!??」
ベルンを押し倒さんばかりの勢いで、はぁはぁしながら胸板や腹筋を撫で回すミランダに、普段のクールさは微塵も無い。
「うふふふふふ……思ったとおり、団長の外腹斜筋ってば最高!!
あぁ、僧帽筋もきっとさぞ……はぁはぁはぁはぁはぁ……」
完全に目が据わっているミランダに、硬直したベルンはされるがままだ。
――こ、怖い!
飛竜たちすら、完全に脅えてガクガク震えている。
そんな中、ズシズシ近寄ってきたラプターが、ミランダの襟首をくわえて持ち上げ、引き剥がした。
「あぁっ!!!ラプターっ!邪魔しないでぇぇ!!」
「き、る、る、るぅ!」
『お・ち・つ・け!』と言ったのだろう。
ラプターが、なんとなく郷里の母親にだぶって見えたベルンだった。
ラプターはミランダを自分の干草へ放り落とし、動けないように前足で押さえてしまった。
ベルンが大急ぎでシャツをきっちり着終わると、ようやく前足をどけたが、ミランダはうずくまったまま、シクシク泣いていた。
どうやら正気に戻ったと同時に、心のダメージを一挙に負ってしまったらしい。
「えーと……さっきは一体どうしたんだ?」
おそるおそる尋ねるベルンに、しゃくりあげながら答える。
「うっぅ……わたし、昔から鍛えた身体に触るのが大好きで……つい夢中になりすぎちゃって……っく……」
せっかく綺麗な凛々しい顔だちが、涙と鼻水でグシャグシャになってしまっている。
「騎士団に入ったら、みんな素敵な身体だし、団長は特に理想的で……。
でも、団長やみんなに気持ち悪いって思われたくなくて…………。
目の焦点をずらして見ないようにしたり、必死で隠してたんですが……」
「きるるる……」
ラプターが長い舌を伸ばし、ミランダの頬を舐めた。
呆れの混ざったような鳴き声だが、それ以上にパートナーへの親愛が溢れていた。
困ったパートナーだが大好きだ、と言っているようだ。
「は、はぁ……なるほど……」
思いがけない告白に戸惑いつつ、ベルンは頷く。
「すみません……わたし……本当は無口で冷静なんかじゃないんです……。
素敵な身体を見るとすぐニヤけちゃうし……でも、今まで好きになった人はいつも、私のイメージと似合わないって……」
「――好きなものがあるくらい、普通だろう」
しゃがみこんで、ミランダの頭をポンポン叩いた。
彼女は周囲の期待に応えようと、ひどく不器用に我慢をしていたのだ。
とても滑稽な姿だけど、ベルンは同情などしない。
だって、彼女は自分と同じだ。
似合わないとか気持ち悪いとか、言われたくないのは当然。見栄はって隠して、何が悪い。
それでもバレたら、あとはもう笑い飛ばすしかないじゃないか。
「あー、実は俺もな、可愛いものが大好きだ。フワフワの子猫とか、何時間でも撫でたくなるよなぁ。ハハ……」
「団長……?」
「そりゃぁ、さっきはちょっと驚いたが、俺でよかったら、いくらでも触っていいぞ」
ベルンも我慢できず、艶やかな黒髪をナデナデした。
切れ長の瞳に涙をいっぱい溜めたミランダは、とても魅力的だと思ったから。
カティヤのような可愛さも、エリアスのような麗しさとも違う、不思議な魅力を感じた。