『また、明日』-2
「――それに、こーんなちっっちゃい頃は、『おにーちゃんの、およめさんになりたい!』なんて言ってたんだぞ」
ベルンは手で、腰下の高さを示した。
広い飛竜の厩舎では、数人の竜騎士がせっせと干草を入れ替えている。
今日は厩舎の修復と大掃除で、干草の入れ替えがしめくくりだ。
朝早くから頑張った飛竜たちは、一足早く遊牧場で休息と水浴びをしている。
「その話、これでちょうど百回目だ」
ディーダーが干草用フォークの柄に持たれ、呆れたような視線を向ける。
それでも人のイイ親友は、百回目の同じ返答をしてくれた。
「そんなら、さっさとカティヤを嫁にしちまえば良かったじゃねーか」
至極もっともな意見だ。
ベルンの両親も、二人がいずれ結婚すると思っていたし、養女が本筋の息子と婚姻するのは、お約束のようなものだ。
「……」
高い天井を見上げ、ベルンは考え込む。
しかし、百回目になる自問自答も、やはり答えは一緒だった。
「……そうしなかったのは、俺の意思だな」
ガックリうな垂れ、自分の非を認める。
たとえアレシュが現れなくても、カティヤを一人の女性として、妻として見る事は、できなかっただろう。
あくまでも、カティヤは可愛い妹なのだ。
それでもカティヤが傍にいなくなり半月近く。
時おり、なんともいえない寂しさが募る。
ディーダーと同じやりとりを繰り返すのは、そのたび自分に言い聞かせるためだ。
ちゃんと前を向け、と。
ベルンは頭を一つ振り、掃除用具を片付けに向かう。
ちょうど飛竜たちも戻ったきたらしく、厩舎の外から羽ばたきや楽しげな鳴き声が近づいてくる。
「団長、飛竜たちが水浴びを終えました」
厩舎の扉が開き、竜騎士の軍服に身を包んだ少女が、涼やかな声で告げた。
「こっちも終わったところだ。ミランダ、皆を連れてきてくれ」
「はい」
ミランダ・ドラゴラシュは生真面目な顔で、ビシッと敬礼する。
新たに竜騎士に配属された彼女は、カティヤよりも年下だが、細身のスレンダーな長身と大人びた顔立ちで、十八という年齢よりも上に見える。
赤銅色の肌は、若々しく張りがあり、肩の長さで切りそろえた漆黒の髪も、艶やかで美しい。
いつもキリリと引き締まった表情で、あまり喜怒哀楽を浮べず、無口でクールな雰囲気を漂わせている少女だ。
ミランダは軍靴のかかとを素早く回転させ、きびきびした動作で厩舎を出て行く。
その後ろ姿が消えた後で、ディーターがからかうような視線を向けてきた。
「おじさんやおばさんの言う通り、腹をくくって本格的に嫁探しをしろよ。ミランダなんか、お前の好みドストライクだろ?」
「向こうに敬遠されていたら、仕方ないだろう」
ベルンは苦笑した。
ああいうタイプが好みというより、カティヤを始め可愛らしい外見の女性は、一様に庇護対象となって、恋愛対象から除外されるだけだ。
それより気になるのは、ミランダが今ひとつ他の団員と馴染めないことだ。
竜騎士団に入ってまだ半月だから、緊張しているのかもしれないが、研ぎ澄まされた氷刃のような雰囲気に、他の団員もなんとなく声をかけづらいようだ。
恋愛云々より、団長として、そちらの面がよほど気になる。
「あの噂、本当かねぇ?」
ディーダーが首をかしげた。
ミランダは美人だが、どちらかといえば男よりも女にもてそうなハンサム美人だ。
聞くところによれば、故郷には女の子のファンが多数いるらしい。
そのせいか、極度の男嫌いと言う噂も流れていた。
他隊の女性兵とは、それなりに仲良くしているのに、騎士団ではいつも硬い表情で、最小限しか口を聞かない。
噂が本当かはともかく、特に自分は好かれていないようだと、ベルンは思う。
数日前、たまたま二人になった時も、なんとか打ち解けられないかと思ったが、あまり上手くいかなかった。
「さぁな。とにかく真面目で有能なのは確かなんだ。何かきっかけがあれば、上手くいくさ」
「そういや、忙しくて歓迎会もまだだったな。今夜食堂でやろうぜ」
世話好きなディーダーも、ミランダのことは気にかけていたのだろう。うきうきと発案する。
「ああ、それがいいな」
ベルンが頷いた時、厩舎の扉が再び開いた。
十六頭の飛竜を連れ、ミランダが戻ってきた。
「おつかれさん」
ナハトを迎えながら、ベルンはミランダに声をかけた。
だが彼女は、固い表情のままペコリと一礼しただけで、さっさと次の飛竜を連れて行く。
それでも、ベルンはそうガッカリしなかった。
王都の修復やカティヤの輿入れに手一杯で、ミランダへの引継ぎも最低限がやっとだった。
そんな状態で、さぁ打ち解けろと言われても、難しいだろう。
ディーダーの言う通り、歓迎会は名案だ。