高橋との出会い-8
「ちょっ……あ……あのっ」
「……なんや?───男にされるんは初めてか?」
ねっとりと絡みつくような視線で俺を見上げる高橋。
その顔がまったく知らない人物のように感じられる。
「なんでもわかっとるような顔しとるくせに、可愛いもんや」
高橋はひどく満足そうにそう言うと、俺の亀頭に生温かい舌をまとわりつかせてきた。
「あっ……あぁっ……」
下半身全体が淫靡な熱に包まれ、足元から底無し沼に引きずりこまれていくような不気味な感覚が俺を襲った。
局部で感じる高橋の生々しい体温と唾液のぬめり。
女がするそれとは違って、高橋のフェラはストロークが長く、ダイナミックで攻撃的だった。
高橋が顔を上下する度に、じゅぷっじゅぷっという唾液の音と、ソファーが軋むギシギシという音が部屋中に響き渡る。
俺の全てを吸い取ろうとするかのようなその激しい動きに、嫌が上にも腰がひくついてしまう。
「……やめろ……やめてくれっ……」
余りのショックに卒倒しそうになりながら、俺は激しく身悶えた。
「あぁ最高や……ずっとこうなりたいと思てたんやで」
いやらしい声で囁きながら、鈴口から裏筋をたどって高橋が俺の肉を呑み込んでいく。
その慣れた舌使いから、高橋がこれまでも何人もの男とこういう関係を持ったことがあるのは明らかだった。
高橋にそういう性癖があるなどとは今まで一度も想像したことはなかったが、性に対して異様なまでに貪欲なこの人ならば、そういう世界に手を出していたとしても不思議ではなかった。
「ほれほれ、しっかり勃ってきたで。身体は正直やな」
「ハァッ……あ………あっ…」
吐いてしまいそうなほどの嫌悪感と、理屈抜きの快楽が俺の中に充満していく。
「あっ……あぁっ……ああっ……」
女とセックスしても相手が惨めに見えるだけだが、今は自分自身が醜く汚れていくように感じられた。
「うぅっ……やめてくれ……っ……」
意識ははっきりしているのに、身体は隅々まで鉛がぎっしりつまってしまったように、ピクリとも動かない。
「これからはワシが目ぇかけたるさかい安心せぇ。全てワシに任しといたらええ」
俺の腹の中を見透かしたような高橋の言葉。
性感とは直接関係のないはずのそのセリフに、何故か異様に射精感が高まる。
心のどこか奥底に「高橋に全てを委ね、庇護されたい」と思っている自分がいるのだろうか───いや、そんなはずはない。俺はセックスに頼って生きたりはしない。
俺はあの薄汚い母親とは違う!違うんだ!
「うぁあああっ!」
俺は獣のような雄叫びを上げながら、ほとんど感覚を失ってしまっている両手に精一杯の力を込めた。
しかしやはり思うように動かすことは出来ず、抵抗したいという気持ちだけが勢いよく空回りする。
それでも構わず俺はかたく目をつむって闇雲に腕を振り回した。
いや、振り回しているのは気持ちだけで、実際は指一本動いていないのかもしれない。
自分の肉体が支配されているという恐怖に俺は戦慄し、そこから逃れようと必死でもがき苦しんでいた。
その時、突然パリン──!と何かが割れたような音がして、右手の手の平が急に湯をかけられたように生温かくなった。
「危ない!」
高橋が短い悲鳴を上げて素早く俺から離れる。
「……⁈」
一瞬何が起こったのかわからなかった。
「……嘘やろ?」
「……えっ……」
呆れたような高橋の声にゆっくりと目を開けると、俺は自分では動かすことの出来ないはずの腕をまっすぐに突き出して、割れたビールグラスを握り、高橋の喉元に突きつけていた。
無意識のうちにグラスを叩き割っていたらしい。
手のひらはガラスで深く切れ、おびただしい量の血がだらだらと流れ出していた。
熱く感じたのは自分の血液だったのだ。
「わかった。わかったしちょっと落ち着け」
高橋は割れたグラスを警戒するように睨みつけながら、ようやくゆっくりと俺の身体を解放した。
「──あんだけキツイ薬でも効かへんか。……さすがのワシでも屍姦の趣味はないさかい……これ以上は無理強いせえへんわ」
高橋はあきらめたようにため息をついた。
「とりあえず、物騒なもん離し」
高橋はぶるぶる震えている俺の右手を掴むと、手首をハンカチできつく縛ってグラスをゆっくりはなさせた。
「ワシが、怖くなったか?」
「は……はい……いえ……わかり……ません」
気がつくと俺はまるでガキのように、しゃくりあげるほど泣きじゃくっていた。
男に犯される恐怖よりも、「父親」を失うかもしれないという恐怖のほうが大きかった。
「まあええ。あんたが今までに出会った中で最高の男であることに違いはない。あんたがその気になるんを気長に待つことにするわ」
つい今しがた俺に殺されかけたというのに、高橋はそんなことは少しも気にとめていないようだった。
自分の服が血で汚れることなど全く意に介さず、当たり前のように俺の手をとり手際よく止血の処置をする。
この人を憎むことは俺には出来ない。
恐らくこれから先ずっと。
朦朧とする意識の中で、俺はぼんやりそう考えていた。
今頃になって、手のひらがズキズキと猛烈に痛み始めた。
高橋は俺の手さすりながら、穏やかな優しい声でこう言った。
「今後あんたにこういう関係を強要はせえへん。約束するわ──その代わりな、あんたに頼みたいことがあんねん」
俺はきっと、その望みをきくことになるだろう。
緩やかな生温かい鎖が、ゆっくりと俺を締め上げていた。