高橋との出会い-3
高橋はしばらく黙り込み、何かを深く考えるように顎をさすっていたが、やがてゆっくりと顔を上げると、なにやらひどく意味深な笑みを浮かべながら俺にこう言った。
「……あんた、もしかしたらワシと気があうかもしれんな……」
「……えっ?」
思いもよらぬ言葉に拍子抜けして、俺はぽかんと口をあけた。
「───ワシもな。女はみんなただのメスやと思うとる」
「……えっ……」
その言葉が本気なのか冗談なのか判断出来ず、俺は困惑した。
「女ちゅうのはそういう生きもんや。太古の昔から、女は男に飼われて可愛がられるために、生きとんのや」
「……」
「男に媚びるためにわざわざ自分から短いスカート履いたり、中身が空っぽやのに少しでも見てくれを良くしようと化粧を塗りたくったり……女ちゅうのはみんなスケベでアホな生きもんや」
「……はぁ……」
「──まあワシの場合はあんたとちごて、そういうスケベでアホな女どもが大好きなんやけどな。あっはっはっは!」
豪快な笑い声に周りの酔客が何人かこちらを見た。
「──しかしなぁ、ワシは今立場上そんなことを言う訳にはいかへんやろ。なにしろ女が多い職場やさかいな」
高橋にそう言われて、俺ははっと今の自分の立場を思い出した。
「いや───あの、俺、今日のことがそんな理屈で許されるとは思ってません。本当に……あの……申し訳ありませんでした」
俺は椅子から降りて地べたに這いつくばった。
内田たちや社長に対してどうこうというより、この高橋という男に誠実に謝ろうと思った。
今までに他人に感じたことのない奇妙な感情が俺の中に満ちていた。
「おいおい、たのむわ。顔あげんかいな」
高橋は慌てて俺を抱き起こして椅子に座らせた。
「心配せんでもええ。ワシはあんたのとこと契約を切るつもりはないし、担当も変えてもらう必要はない」
「……しかし……俺は……麻理……いや、あの女性に……取り返しのつかない事を……」
「──うん。確かに、あれはあんたが悪いとは思う」
「わかってます。──ですから……責任を……」
またも謝ろうとする俺を遮るように、高橋が少し語気を強めてこう言った。
「せやけど、原因あっての結果やろ」
「……原因……?」
まるで麻理が悪いとでも言いたげな高橋の口ぶりに、俺は思わず顔を上げた。
「あの子なぁ。真面目で一所懸命なんやけど、どうも融通がきかへんところがあってな。以前からようバイヤーやら取り引き先やらとモメよるんやわ」
「───はあ」
「商売ちゅうのはな。なんでもくそ真面目にやったらええちゅうもんとちゃうねん。そういうこともわからんとあっちこっちでケンカされたらなぁ。───正直ワシも……まあ、やりにくい場合があんねん」
高橋は俺に無理矢理グラスをもたせると、ビール瓶を持ち上げて早く飲むようにと目で促した。
「は───すみません。いただきます」
ぐいと一気に飲み干す俺を見て、高橋が嬉しそうに目を細める。
「あの子に聞いた話やと、川瀬くんとは古い知り合いらしいな。ちゅうことは、あんたも誰かれ構わず襲いかかるような男ではないんやろ。本人同士しかわからへん色んな感情があった上での……あの出来事やと解釈したんやけど、どうや?」
「……そ、それは……」
信じられない話だが、高橋はあの会議室での出来事を不問にすると言っているのだ。
「しかし……それでいいんでしょうか」
「ええやんか。若い時は感情のコントロールがきかへん時もあるわ。それに……あんたも聞いたと思うけどな、あの子もうすぐ結婚すんねん。せやからこれ以上ことを荒立てへんほうがええと思う。本人ともさっきそう話してきたんや」
「これ以上何も言うな」とでもいうように、高橋が目で俺を制した。
「それにな。本当のことを言うと、ワシあんたが気に入ってんねん。真面目やし、前の担当より余程仕事もよう出来る。まだあの会社に入って間が無いみたいやけど、短い間によう勉強したんやな」
高橋の言ったその言葉に、俺は強く胸を打たれた。
努力してきた仕事を正当に評価されたというのは、初めての経験だった。
いち取引先の、日頃直接接点もない人物なのに、リメイクミシンの社長や先輩連中とこうも違うものかという驚きもあった。
「ありがとう……ございます……」
そう答えながら胸が熱くなった。
遠い昔に失ってしまったけれど、父親というものはこういう存在なのかもしれない───。
そんな気がしていた。