『桃子記念日』-7
二人が、一線を越えてしまった日。
桃子が、宗佑の部屋で見つけた“安納郷市”の官能小説を読みながら、自慰をしていたところを、宗佑は見てしまった。その、“安納郷市”は、ハイティーン・ジュブナイルを舞台とした官能小説で名を挙げた作家だが、宗佑が懇意にしているフリーライターに半ば押し付けられるような形で、本棚の片隅に置いておいたものだ。
『ご、ごめんなさい、おにいちゃん』
まさか従兄がこんなに早く帰ってくるとは思わず、浅ましい姿を晒してしまった桃子は、衣服をはだけた格好のまま、その場にうずくまり、俯いていた。とても、扇情的な桃子の姿態だった。
『あっ、お、おにいちゃん!?』
ついに、宗佑の理性は吹き飛び、桃子をその場で押し倒してしまっていた。桃子が耳元で、“おにいちゃん、だいすき…”と、熱い声を挙げてくれたが、それさえも気がつかないまま、夢中になって、無垢な桃子の体を、性的に壟断し続けた。
正気に返った宗佑は、本気で死を考えた。そもそも、これは立派な“淫行”であり、倫理的にも許されることではない。
『おにいちゃん』
それでも、宗佑を想い慕う心を、桃子は揺るがせにしなかった。その明るさが、宗佑の中にあった様々な闇を、払い去っていた。
宗佑は、桃子の気持ちを受け止め、己の葛藤も乗り越えて、新たな創作にその心眼を見開いた。
『まさか、宗やんが、こんなエロ凄いモンを書くとは……』
“安納郷市の、再来やな”と、旧知のとあるフリーライターを絶賛させた宗佑の、“官能小説”の第一作目は、そのタイトルを『いもうと』として上梓された。そのジャンルの中において、瞬く間に脚光を浴び、美しさと艶かしさと淫猥さが、同時に存在する宗佑の文章は、あらゆる層の読者を虜にした。
並行して、桃子との関係も深くなっていった。世間に知られるわけにはいかないので、あくまで表面上は歳の離れた“従兄妹”として振舞っていたが、その隠匿性がさらに二人の間を淫靡に燃え上がらせ、桃子は“性の花”を急速に開かせていった。
それが、宗佑の文章をさらに精緻なものにさせたのは、言うまでもない。
桃子を魅力的な女性にするため、宗佑の意向を受ける形で彼女は“城西女子大付属高校”に進学をした。さらに、大学までそのまま進んだ桃子は、女子寮に入った。
『おにいちゃんと、離れ離れになる』
そのため、最初は浮かない様子の桃子だったのだが、これもやはり、桃子を女性として磨くために必要だと考えていた宗佑の意向のひとつだったので、彼女はそれを受け入れた。
距離を置いたことが、逆に互いの思慕を強めることとなり、宗佑自身が、ひと月に一度と定めた桃子との逢瀬は、激しく熱く、変態性も増した、淫らなものとなった。
『宗やん、あんた、ワイにとって神様やった“安納郷市”を、越えたかもしれんわ』
そう言わしめるほど、宗佑の筆はキレを増した。桃子と自由に会えない、狂おしい時間を自らに課した宗佑は、それによって、噴きあがるような懊悩を文章と化して、炸裂させていたのだ。
そんな桃子が、“城西女子大学”を卒業し、退寮して、宗佑の下に帰ってきたのが、昨日の話だ。
早速とばかりに、“剃毛”を含めた変態的な行為も織り交ぜて、貪るほど愛しあった二人は、それが冷めない様子で、電車の中での“痴漢ごっこ”や、公衆トイレの中での“焦らしプレイごっこ”によって、その関係を確かめ合っていた。
歪に歪んだようにも見えるその“性愛関係”だが、二人にとってはごく当たり前の、自然な“愛の行為”である。
「えっと…」
公衆トイレでのプレイを愉しんだ二人は、駅舎に戻ると、次の電車が来る時間を確かめた。
宗佑には、桃子を連れて行きたい所があるそうで、その場所に行くためには、あと3駅ぶん、北西に向けて電車に乗らなければならないとのことだ。
「あと、30分か」
「微妙な時間よね」
「少し、寝るかな」
「じゃあ、桃子の肩、使っていいよ」
「ありがとう」
いうや、桃子の右肩に、重みが乗った。
「Zzzzz」
すぐに、宗佑はかすかな寝息を立てて、夢の中の住人となっていた。昨夜、桃子と激しい一夜を過ごした後、急に思い立ったように机に向かっていたから、従兄がほとんど眠っていないことを、桃子は知っていた。
(おにいちゃん……)
従兄に寄り添う桃子の献身的な姿を、“城西女子大学”の同窓生や後輩たちが知ったら、驚天動地の騒動が巻き起こるかもしれない。
それほど、今の桃子は、寮内で“セクハラ覇王”と呼ばれたものとは、全く一致しない有様であった。