冥界の遁走曲〜第一章(後編)〜-5
まだ距離は遠いが、
「止めてください」
癒姫の言葉に従って闘夜はブレーキをかける。
バイクが止まった瞬間、癒姫はヘルメットを脱ぎ捨て、素早く降りて対向するバイクの進行方向に立ちふさがった。
「お、おい!?ひかれるぞ!?」
ヘルメットを脱いだ闘夜が止めようとするが、
「大丈夫です、私の知っているアキレスさんはそんな事しませんから」
と言ってニッコリ微笑む。
だが、その笑顔には悲しみと不安が入り混じっていた。
知っているアキレスさんなら…
その言葉は変わったかもしれないということを表している。
…もし変わっていたとしたら…。
闘夜がそう考える内に向かってくるバイクはブレーキをかけていた。
そしてバイクが闘夜達から5mくらいの所で止まった。
バイクの主は地面に足をつける。
そしてヘルメットをはずす。
「アキレスさん…」
癒姫は低くつぶやいていた。
この時、闘夜はようやく男がアキレス=ファナティクだと分かった。
「癒姫か、久しぶりだな」
言ったアキレスは先ほどの二人の時と同じで無表情だ。
「久しぶりです…と言いたいところですがその前に聞きます」
癒姫の声は震えている。
声を聞いて闘夜はようやく気づいたが、癒姫は体を震わせている。
それだけ”怖い”のだろう。
「あなたが四神様を殺したと戒から連絡がありました。
そして私はあなたを戒める為にここに立っています。
でも戒める前に…聞いておきたい事です」
癒姫は一回、息を吸って、
「四神様を本当に殺したのですか?」
「ああ」
答えは即答だった。
あらかじめから用意されたいたかのように。
「その問いは御剣と三神からも聞かれたよ」
フッと口の端を吊り上げ、
「俺が四神を殺した」
その言葉は癒姫を先ほどの二人と全く同じ状態に至らしめた。
二人と唯一違った所は、癒姫の目から落ちた雫。
だが、アキレスはそんな事を気にはとめなかった。
アキレスが気にとめたのは癒姫が涙を流した瞬間目つきを変えた少年。
「少年、名前を聞こう」
アキレスは戒のメンバーをある程度覚えている。
その中でも、未成年者の者は全員覚えている。
だが、癒姫の隣で自分を睨みつけている少年をアキレスは見たことがなかった。
「お前に名乗る名前なんかねーよ…」
つぶやくようなセリフには溢れんばかりの憤りがこもっていた。
「お前は俺が出会った人間の中で一番嫌いなタイプだ」
そう言って闘夜はアキレスを指さす。
「俺は、お前のような簡単に人殺したとか言える奴が大嫌いなんだ!!」
闘夜は今持っているすべての憤りを目の前にいる相手にぶつけた。