冥界の遁走曲〜第一章(後編)〜-4
龍也や楓にとって、アキレスは父のような存在であった。
そしてアキレスも「息子と娘ができたようだ」と言ってくれたことがある。
お互いに家族のような存在だと思っていた。
だが今、彼は戒にとって犯罪者となっている。
犯罪者を戒めることが市民を救い、同時に戒としての仕事だ。
「アキレス、本当なの?」
問うたのは楓。
少々言葉足らずではあるが、本当にやったとしたら答えは二人にとって最悪な形で返ってくるだろう。
そして、それは返って来た。
「戒はもうその事実を知ったのか…」
ため息と共に最悪の形そのものでアキレスは返事をした。
「てめえ…じゃあ本当に…」
「やったさ」
龍也の確認の問いを消してアキレスは答えた。
「俺は、四神を殺した」
二人はしばらく固まった。
頭がなかなか真実とかみあわない。
かみあわせたくない。
その想いが二人を硬直させていた。
「ファング、フォートレス」
アキレスは自分の両隣にいる男二人を見た。
「…頼んだぞ」
そう言うと、アキレスはヘルメットをかぶり直した。
「待てよ!!」
龍也が叫ぶ。
アキレスはその声を無視してバイクにまたがる。
「逃げてんじゃねーよ!!」
龍也は威太刀を抜いてアキレスの所に走り込む。
それでもアキレスは龍也の方は見ようともせずにエンジンをかける。
「無視すんな!!」
アキレスとは少し離れた所から剣を振るう。
その瞬間、空気の刃があらわれてアキレスの方へと飛んでいく。
しかし、その攻撃はアキレスに当たることはなかった。
何故なら、アキレスの両隣にいたはずの一人がいつの間にか巨大な盾を持ってその刃を防いだからだ。
「くっ!!」
アキレスが連れてくるくらいなのでただ者ではないと思っていたが、まさかあの攻撃を防がれるとは思っていなかった。
アキレスはハンドルを握る前に一瞬龍也と楓の方を見た。
だが、龍也は前方の敵、フォートレス=コードを睨みつけているのでアキレスの視線には全く気づいていない。
そして硬直したまま動かない楓もアキレスを見てはいなかった。
アキレスはそのまま自分が向かっていた方向にバイクを走らせた。
◎
「闘夜さん」
癒姫が闘夜に向かって話しかける。
癒姫はヘルメットをしているが、その声から判断するにすこぶる機嫌が良い。
だが、闘夜の方はすこぶる機嫌が悪かった。
闘夜はうんざりしていた。
これで名前を呼ばれたのは8回目だ。
「何だ?」
自分がこのセリフを言ったときの癒姫の反応は一緒だ。
「いえ、何でもありません」
自分は8回もよく耐えた方だと思う。
1,2回なら怒りはしない。
だが、さすがに8回も呼ばれて何もない、ではさすがにストレスが溜まる。
しかもその原因は何となくだが分かっている。
名前で呼ぶことを幸せに感じているからだ。
おそらく癒姫には名前で呼び合うような男友達がいないのだろう。
戒だの任務だのをやっていれば仕方のない事だと自分を言い聞かせてきたが、もう限界だ。
「なぁ、癒姫。そろそろ…」
「闘夜さん」
9回目だ。
だが、今までの8回とは違う。
「来ました」
そのセリフを理解し、闘夜は前方右方向を見る。
そこには自分たちとは正反対に進もうとするバイクの姿があった。