冥界の遁走曲〜第一章(後編)〜-10
自分が臆病者である事は分かっている。
理解はしている。
が、納得はしていない。
「俺は…戦う!力を俺に貸してくれ!」
『主が望むなら今のみ我は力を貸そう』
木剣は猛獣の体からひとりでに抜けた。
猛獣はその場で鮮やかに出血し、消えた。
もちろん、誰もが木剣の方に意識を奪われているので猛獣が消えた事を認識している者はいない。
そして闘夜は手を伸ばす。
木剣を…『力』を得るために。
木剣は闘夜に柄を伸ばす。
闘夜に力を貸すために。
互いが触れ合ったとき、木剣から噴出していた光が闘夜の全身に注ぎ込まれた。
『心せよ、一時の主よ。
これが主の求めた力だ…』
その瞬間、闘夜の体を包んで光が空に駆けた。
猛獣の時と同じような光の円柱の中に闘夜が包み込まれた。
◎
アキレスと癒姫は光の円柱から視線を外せなかった。
戒に身を置く者なら誰でも知っている事だ。
レクイエム・ホープ。
希望の鎮魂歌の銘を持つその木剣は主を選ぶ。
主以外の者が柄に触れると炎上して死ぬという伝説まであるくらいなのだ。
そしてその主は一神家の人間が継いでいた。
だが、今ここで一神家の人間以外の者が選ばれたのだ。
一時的…ではあるが。
光の円柱は上から下へと光を失っていく。
まるで闘夜の体の中に入っていくように。
光が完全に消えた時、そこには木剣を手にした闘夜の姿があった。
今自分が持っている木剣を不思議そうに眺めている。
「軽い…」
それはつぶやき。
「なんて軽いんだ…。
剣を持ってる感じが全くしない…」
『我を軽いと言ったのは主が初めてだ』
木剣も不思議そうに言った。
…こいつどこから声を発してるんだ?
思考にはまりそうだったが、今はそんな時ではない。
目の前には敵がいる。
「行くぞ!アキレス!」
闘夜は木剣を両手で握り、アキレスの方に剣先を向けた。
当のアキレスは口元をあげて笑っている。
「なるほど…、一神も俺を殺そうとするか…」
それは、嘲笑だった。
一神に向けられたものなのか…。
それとも…
「はぁ!」
闘夜は跳ぶ。
アキレスの遙か上へと。
…しまった、跳びすぎた!
闘夜は焦っていたのか、冥界の重力を忘れていた。
闘夜の体はローター板抜きでも20段は跳べそうなほどのジャンプをしていた。
「ふっ、面白い奴だ」
アキレスは腰に備えていた小さな刀、小太刀を抜く。
それも二本だ。
「希望もろとも切り裂いてやる!」
アキレスは両手を地面の下に沈めて闘夜が降りてくるタイミングを待つ。
「でりゃぁ!」
だが、闘夜はアキレスの予想範囲外の事をやってのけた。
空中で剣を振り、衝撃波を発生させたのだ。
だがそれだけではない。
レクイエム・ホープのエメラルドグリーン色の光を装飾した衝撃波。
主以外は焼き尽くしてしまうと言われている木剣の非情な光がアキレスに迫ってきた。
「ちぃ!」
その場には大爆発が生まれた。
癒姫は爆発の前にバックステップして避難したが、爆風に吹き飛ばされる。
辺りはたちまち煙だらけになった。