契り-2
こんな離れ小島のような、それも山の奥の暮らし故、誰に見られることも無いのだが、未だ幸が化粧をし、白髪を隠そうとして髪を染めるところを見たことがない。欠けてしまった数本の前歯さえも直そうともしないのが不思議であった。
さすがに、ひところのようなあばら骨が浮き出た、 女とも男ともつかないような体では無くなっていたが、自分を少しでも若く見せよう、美しく見せよう・・・という気は更々ないように思えた。もっともそれが五十前の女の年相応といえばそれまでだが、里の小さな雑貨屋に連れ出しても化粧道具に手をのばすことはついぞ無かった。
何度体を重ねても幸のそれは驚くほど瑞々しい。穏やかな暮らしの中で毎晩のように幸を抱き、幸も其れに応えた。いやむしろ時には幸の方から男を求めてくるときがあった。
そんなとき、幸は決まったように男にまたがり腰をゆらす。暗闇の中の幸の目は怪しく輝き、一瞬若い女を抱いているような錯覚を男にもたらした。子供が出来ない年では無かったが、防備をする事も無くそれでも二人の間に子供が出来る様なことはついぞ無かった。
三年、四年と暮らしていくうちに里の者達ともなじみ、二人はこの島に溶け込んでいった。さすが齢八十をとうに過ぎた和尚の体は弱っていったが、二人がいることでこの寺の、島での役目が滞ることは無かった。
二人が和尚や里の者達の勧めもあって正式な夫婦となったのはこの島での五年目の春であった。
病を得た和尚が三日も床についたかと思うとあっけなく逝ってしまったのは二人がこの寺に現れて八年目の秋、和尚も九十をとうに越えての大往生である。
「二人には助けてもろうた」と一言声をかけて息を引き取ったその死に顔は満足げでもあったが、何やら心配事でもこの世に残しているかのような顔にもみえた。 里の者達は寺と二人の行く末を心配しての死に顔だとつぶやきあったものだ。
確かに和尚のいなくなったこの島の唯一の寺に、僧籍を持たない二人がこのまま居続ける訳にもいかない。二人は和尚を弔った後、すぐにでもこの寺から出ていくつもりであったのが、そのことは又、この島の住民にとって困ることでもあった。二人が墓を守り、寺を整えてきたことを皆は良く知っていた。二人がこの寺を出ていくことは、すなわち寺や墓が荒れてしまうことを意味していた。
「あんた達さえよかったらもう少しこの寺にいてもらえんかの。坊主はその時々に隣の島から呼べばいい。寺と墓を守って呉れるとありがたいんだが。暮らし向きが出来るだけのことは皆でさせてもらうから」
二人はこの村の長の一言でさらに十年をこの寺で過ごすことになったのである。