夜の過ごし方-1
「これから夕食を2人で作るんだよ。松原は料理したことがあるだろう?
僕もたまに作るんだ。1階(した)の厨房に行って何か作ろう。
キャンプみたいで楽しいな」
いやいや、そんなに楽しくない。
俺が家にいたときは姉貴たちが作らなかったから、よく俺が作ったんだ。
お袋はパートやってたから、帰ってから作るのも大変だと思って、俺はよく手伝った。
料理が楽しいっていう奴は、たまに作るからそう感じるんだ。
いつも作っていると、それは苦役になる。おやまあ、これは立派な厨房だ。
「包丁はこっちのを使えば良いよ。とりあえず冷蔵庫の中の食材を見てみようよ」
こんな立派な厨房をいったい誰が使ってるんだ。えっ、専門の家政婦さんがいるのか?
調理師の免許も持っているって? じゃあ、何故頼まないんだ。
「それは僕がやるから良いって言ったんだよ」
正確に言えば『僕ら』だろう? ご飯があるからチャーハンにしようか。
ネットに『簡単チャーハン』ってレシピが載ってるから、葱と豚肉で作ろう。
お前卵割ってくれ。えっ、どうして指図するのかって?
どう考えても俺の方が慣れてるだろう。あっ、怒り出した。足で床をどんどんやるなよ。
わかったよ。お前がリーダーをやれ。で、俺は何をすれば良い?
あっ、卵を2個割ってかき混ぜれば良いんだな。ほら、終わった。
後は豚肉を細かく切って、葱はミジン切りか。お前はタレを作っているのか?
じゃあ、肉を炒めるぞ。次に葱を入れてっと。そして卵だ。
おいおい急いでご飯を入れてくれ。あれれ、いつの間にか俺が仕切っている。
じゃあ、最後はお前がやれ。いえいえ、やって下さい。
なるほどタレをまわしてかき回して出来上がりだな。ところでスープはどうする?
何インスタントのコンソメスープ? それにしよう。熱湯をかけてできあがりだ。
ダイニングも広いな。それじゃあ盛り付けを任せた。
おい、何でお前の方が盛り付けが多いんだ。俺の方が体が大きいだろう。
体重比で行こう。俺は59kgだ。お前は? なに? 失礼なこと聞くなって?
じゃあ、このくらいで良いんじゃないか? また怒り出した。
わかった。わかった。同じくらいにしよう。
えっ、その代わりスープは多くしてくれるって?
な……なんだ。お湯を多めに入れて薄めただけじゃないか!
まあ、とにかく食べよう。頂きまーーすっと。えっ、誰に言ってるって?
自分達で作ったんだから、言う必要はないってか? そうじゃないだろう。
目に見えない大勢の人のお陰で食べられるんだから、感謝するんだよ。そういうもんだ。
さてっと後片付けも終わったし、食べる物も食べたし。えっ、歯を磨けって?
寝る前で良いだろう。それじゃあ、歯周病になるって? わかった、わかった。
歯ブラシも用意してくれてるのか。サンキューっと。
おいおい何をするんだ? 俺の磨き方を点検するのか?
あーーん、これで良いか。
げっ、こことここをやり直しってか? お前は歯科衛生士かよ。
次は風呂に入るのか? わかったわかった。体の隅々を洗ってくるよ。
だから、それだけは点検しないでくれ。
ふー、風呂にゆっくり入った気がしねえよ、まったく。
上がったところで匂いでも嗅がれたら大変と足の指の股まで洗った。
耳の後ろもきれいきれいにしたぜ。あいつがこんな潔癖症だとは知らなかった。
別に今夜は涼しそうだから、空調のない客室でも良さそうなもんだが。
そういえば、ホームシアーターは空調が効いていたから、あそこで寝ても良かったんだ。
あいつは別の浴室に入っているのか。良いなあ、幾つも浴室があって。
おお、なんか真新しい下着まで用意してくれてるぞ。バスローブも新しいぜ。
おお、お前もう上がっていたのか。な……なんでアイマスクをつけてるんだ。
なに? バスローブを脱げって? マジかよ!
「僕はアイマスクで目隠ししてるから、匂いだけ嗅がせてくれよ」
な……なんでお前に下着姿の俺の体の匂いを嗅がせなきゃならないんだ。
そ……そうかベッドに匂いが移ると嫌なんだな。
だけど寝ている間に汗だってかくだろう。それは良いのか?
おい、あんまり顔を近づけるな。特に股間には鼻の先が触りそうだから、少し離せ。
なに? もう良いのか。で、合格か。やれやれ、室内番犬も骨が折れるぜ。
バスローブを着たぞ。今気づいたけど、お前もお揃いのバスローブだな。
何? 家族は同じ色のを着るのか。だが、妙な気分だぜ。
スポーツで言えば同じチームメイトにでもなった気分だ。