VS欲望-15
同時に、欲望のままに郁美を抱いていた自分に吐き気がこみ上げてきて、果たしてこんなに母親の愛情を受けている石澤の隣に自分がいていいのか、迷いが生まれた。
俺は石澤母に合わす顔がなくて、ずっと下を向いたままだった。
そんな俺に石澤母は、ニッコリ笑い、
「桃子ももしかしたら起きてるかもしれないわ。悪いんだけど桃子の部屋にこれ持って行ってくれる?」
と、いきなりそう言って席を立つと、冷蔵庫から俺達が買ってきたゼリーとプリンを持ってきた。
彼女は手早くトレイにゼリー、プリン、スプーンを二つと、ミネラルウォーターのペットボトル、さらには小さなコップを二つ載せると、俺に“はい”と手渡した。
「桃子の部屋は階段を昇った突き当たりだからね」
俺の汚い部分を知らない石澤母は、優しく微笑んでくれた。
「……はい」
その微笑みが余計に自分を惨めにさせ、俺は力なく返事をして立ち上がった。
両手がふさがっている俺のために、石澤母はリビングのドアを開けて待ってくれている。
重い足取りでドアへと向かい、やり場のない視線を石澤母の手に向けた。
ドアを押さえる彼女の手は、俺よりずっと小さいはずなのに、なんだか俺より大きく見えた。
そんな石澤母にぺこりと頭を下げて階段の方へ歩いていくと、
「最近あの娘に笑顔が増えてきたのは、きっとあなたのおかげね」
と、俺の背中に彼女の声が投げかけられた。
クルッと振り返って彼女の顔を見ると、
「あの娘、今でこそ笑顔が増えてきたけど、去年の冬あたりからずっとふさぎ込んでいたの。心配だったけど、私がいろいろ問いつめたってあの娘は何も言わないだろうし、親としては知らないふりしていつも通りに接するしかできないのよね。あのくらいの年頃の子にとって、こういうときに救いになるのは、親よりもやっぱり友達や、恋人の存在なのよ。
だから、これからあの娘が元気がないときは、土橋くん、よろしくね」
と、石澤母が頭を下げてきた。
去年の冬、と言われ俺はハッとした。
多分郁美とヨリを戻したあの頃からだ。
自惚れかもしれないけれど、石澤はきっとあの頃から俺を好きでいてくれたと思う。
それに気付かないで、アイツの前でヘラヘラふざけて、挙げ句の果てにブチ切れて無視なんかしちゃって。
俺は自分勝手で無神経で、本当に嫌な奴だったんだなとまた苦い顔になる。
でも、郁美を大事にしてやれなかった分まで、今度は石澤を大事にしたいという気持ちもまた、ムクムク膨らんできた。
急にいても立ってもいられなくなった俺は、早く石澤の顔が見たくなって、
「任せてください」
と、石澤母にニッと笑うと足早に階段を昇った。