縄灯(前編)-10
あれから、二十年数年が過ぎた…。
入院をしている精神病院の窓に広がる夜景とガラスに映った私の裸身が折り重なり、幻夢のよ
うに揺らいでいる。からだの窪みや太腿のつけ根の溝には、褪せすぎた翳りが溜まっている。
十七歳のときに刻まれたものが艶やかに色めき始めるとき、私は性の喘ぎに息苦しさと同時に、
なぜか甘美なものさえ感じてしまう。
高校を卒業した翌日、私はあの街を離れた。私が家を出るとき母は家にいなかった。その後、
母とキジマにふたたび会うことはなかったし、あの屋敷さえ火事で焼けたことを噂で聞いた。
そのときの私は、自分の中で母とキジマの痕跡はすでに遠くに消し去られていたと思いこんで
いた。
あのとき…私とキジマとの行為を密かに覗いていた母の瞳に漂っていたものは、私に対する
嫉妬や怒りを含んだものではなく、薄い嘲笑の光だった。いや…母は私の中にいる鬼に対して
侮蔑の笑いを投げかけていたのだ。
十七歳の私を犯したキジマによって刻まれたものを、私は遠くに封印しようとしながらも、
今の私はときとしてそれを抱き寄せようとしているのは、あのときの母の視線が私にそうさせ
ている気がする。
今、四十歳を過ぎた私の中に、昏々と眠り続けている自分の性が懐かしい記憶に疼き、芽生え
ている。一ヶ月前、キジマが手にした縄に肌が触れたとき、私は何かに取り憑かれたように
欲情したかった。欲情しすぎるほど烈しく性を耽溺したかったのだ。キジマに縛られ、恥辱と
嗜虐に喘ぐことで、性器の襞に隠れていた肉欲の膿みをえぐり出し、ふたたび性の果てしのな
い蒼穹をあてもなく彷徨いたいと思ったのは間違いなかった。
あの屋敷は仄暗い灯りに充たされ、めいりこむような陰気さが粘りつくように澱んでいた。
つるりと禿げた青光りする頭、剃り上げた眉と窪んだ眼孔、そして能面のようなのっぺりとし
た顔……キジマはあの頃と比べてかなり歳をとっていたが、毒をふくんだような薄い笑みと
陰鬱な冷酷さを含んだ瞳から洩れる光は、あの頃と変わってはいなかった。
その光に包まれた瞬間、私は胸を締めつけられるような息苦しさと苦痛を感じながらも、不可
解な性の疼きに充たされはじめていた。
懐かしい性の疼きが、私のからだ全体を甦らせようとしていた。私は、ひと目見た瞬間にその
老いた男がキジマであることに気がついたが、なにかが違うのは、キジマの姿がとらえどころ
のない虚ろな亡霊のように冷たいものであったということだった。
陰鬱な部屋は、褪せた馬糞色の聚楽塗りのひびわれた壁に囲まれ、薄い障子を透して外の光が
微かに差し込んでいた。
床の間に置かれた妖しい彩りに染められた行燈の灯りが、殺風景な部屋を淫らに包み込み、
蜘蛛の巣が幾重にも張った高い天井には、露わになった太い木梁が黒々と褪せた光沢を放ち、
その木梁には幾本もの縄の束が不気味に垂れ下がっていた。
キジマに胸部を縛られた私は眩暈がするほどに体が疼き、私の意識とは別のところで、体の中
の沼の底が揺らめきはじめていた。私のなかにずっと封印された仄かな青いものが溶け出し、
胸の鼓動をともないながら肌に滲み出ていた。
背中にねじり上げられ手首は、高手後ろ手に縛られ、さらに白く弛みのある豊かすぎるほどの
熟れた乳房は、迫り出した乳肉の上下を挟むようにきりきりと縛り上げられていた。白すぎる
ほどの乳房に幾重にも喰い込む黒々とした縄は、まるで私の心を戒め、ときに弄ぶように弛め、
いたぶりながら少しずつ肌を犯し、白い乳肉を淫悦に充ちたように搾りあげいく。