ROW and ROW-5
理絵子が訪ねてきたのはその日の昼過ぎのことである。インターホンがなかったらうっかり玄関まで歩いて行ってしまうところだった。
「ちょっと、待ってください」
慌てたのは包帯を外していたからで、乱暴に巻きつけてベッドに倒れ込んだ。
「お邪魔します」
笑顔ではあるが、少し改まった表情でもある。
「さっきは、はっきりしなくてごめんなさい。せっかく困って電話くださったのに…」
「いやいや、こちらが我儘を言っただけなんです。忘れてください」
理絵子は真顔で首を横に振った。
「私でよければお手伝いします。主人の世話で少しは慣れていますから。ただ、資格もありませんし、知られると困りますので、今回だけということで内密にしていただけますか?」
嫌も応もない。ただ頭を下げるばかりである。
湯を張りに浴室に行った理絵子が戻ってきて、
「ちょっと着替えますので」
また脱衣所に消えた。その意味は間もなく現われた格好で分かった。ショートパンツ姿で肩まである髪は結んである。
(なるほど…)
初めて目にした生の太ももはたっぷりの肉を孕んでいる。
(何の疑いも持たず、俺のために…)
後ろめたさを感じながら、一方では露になった脚の肉感と尻の曲線に目を奪われて心が惑う。襟足を見たのも初めてで、肌が匂うようである。
「浴衣をお持ちですか?」
訊かれて、タンスに入っていると答えた。
「一番下だったと思います」
「失礼して、開けますよ」
ベッドで衣類を脱いで浴衣を羽織ったほうがそのまま脱ぎ捨てて入ることができる。
「全部脱いだほうがいいですか?」
「そうですよ。脱衣所では座るところがありませんから。着てたものは後でお洗濯します」
「いや、そこまでは」
「気にしないで。出来ることをするだけです」
理絵子は言葉も動きもてきぱきと介護者の顔になっていた。
言われるまま彼女に背を向けて上半身裸になったところで、
(弱った…)
完全に勃起していた。しかもここ数年実感したことのない硬さで、膝を曲げていないとパンツから飛び出してしまう勢いである。
(どうしようか…)
「全部脱いだほうがいいんですよね?」
同じ事を訊いたものだから理絵子はちょっと噴き出した。
「そのほうが楽ですよ。どうせお風呂で脱ぐんですから」
脚を閉じて膝を曲げたまま下着を脱ぐと理絵子が後ろから浴衣をかけてくれた。急いで、前を被った。
「足は包んだほうがいいですね」
包帯が濡れないようにビニールの袋で被うことになり、
「ちょっと足だけ伸ばしてくれますか?」
島岡は上体を捻った。少しずつ回ればよかったのに、勢いをつけすぎた上、股間を隠した不安定な姿勢だったので思わず後ろ手をついた。前がはだけ、慌てた拍子にバランスを崩して仰向けに倒れてしまった。
「あ…」と声を上げた時は遅かった。
下半身が剥き出しになって怒張したペニスが理絵子の眼前で一揺れした。
理絵子も驚いたと思う。反射的に身を引いて息を呑んだ様子であった。
(もうだめだ…)
何も知らずに世話してくれる理絵子の気持ちを踏みにじることが耐えられなくなった。
島岡は観念した。起き上がってベッドに正座すると両手をついて頭を下げた。
「里村さん、申し訳ない。恥ずかしいことをしました。捻挫は嘘なんです」
理絵子は一歩後ずさって怯えたように島岡を見つめる。
「あなたがあまり優しいんで甘えたくなってしまったんです。変なことをするつもりはありません。ご厚意を裏切ってしまいました。許してください…」
平身低頭するしかなかった。
理絵子がどんな思いだったのか、それは知る由もないが、少しして無言のまま風呂場に行き、間もなく給湯の音が止まった。
やがて現われた彼女は来た時の服装に着替えていた。
「何でもなかったのなら、よかったです…」
それだけ言うと目を上げずに出て行った。耳まで赤く染まっていた。
島岡は力が抜けて仰向けに寝転がるとしばらく動くことが出来なかった。