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『詠子の恋』
【スポーツ 官能小説】

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『詠子の恋』-2


 桃子が言うところの、“気になる男子”との出会いは、そんなにドラマティックなものではなかった。単に大学で、3回生になった今年から必修の講義となる“史料解読ゼミナール”で一緒になったという、それだけの話だ。
『ふるい落としの、塚原ゼミ』
 と、言われ、双葉大学でも指折りの不人気で名を馳せるそのゼミは、所属する学生が毎年ひとりか時にはゼロになることもあるほどだが、最後まで全うした学生は、例外なく、学芸員として即戦力になるほどの史料解読能力を身に着けるという。
 詠子が志望しているのは、まさしく博物館学芸員であり、だからこそ、この塚原ゼミを目標として、双葉大学に進学してきた。迷いなく、塚原ゼミを選んだのは当然であり、講師の塚原をして、
「今年は二人も、物好きがいたかね」
 と、言わしめたほどだ。
 確かに詠子は、正真正銘の“物好き”であったが、もうひとりのゼミ生である男子学生は、そういう雰囲気は持っていなかった。
「いやはや、きみは一体この2年間を、なにをして過ごしていたのかね?」
 山のように出される“史料解読”の課題に四苦八苦して、塚原に嫌味を言われるその男子学生の姿が、ゼミの中では当然のようになっていた。
 もうしばらくしたら、顔を見せなくなるかなと思っていたが、意外に根性はあるようで、何とか必死に講義に食らいつく男子学生の姿に、詠子は関心が募った。あれだけの嫌味を言われながら、講義や塚原に対して、真摯な姿勢を崩さないことに、心惹かれるものを感じたのは事実だった。
「キミ、だいぶ苦労してるね」
 だから詠子は、気がつけば、その男子学生に助け舟を出すようになっていた。
「書き下しの文を、はじめから間違えてるんだよ」
 レ点も一・二点も何もない、漢字だらけの白文を目の前に、とんちんかんな読みと訳を重ねる男子学生を、見るに見かねてのことだった。
「無理やり日本語で読もうとしないで、漢字をまずは、じっくりと眺めてみるといいよ」
 そうして、いつの間にか、ゼミが終わった後の数時間を、その男子学生と図書館で過ごすようにもなっていた。
「ん、いいね。だいぶ、様になってきたと思うよ」
「ありがとう、須野原さん」
 まだまだ間違いは多いものの、以前に比べればましになってきたその男子学生の史料解読に、塚原の嫌味も少しずつ減るようになってきた。
 男子学生としては、その感謝を、何らかの形で表したかったのだろう。
「お礼に、ランチを奢らせてくれないかな?」
 と、詠子を、食堂のある“生活支援館”に誘ってきたのである。
「うん、いいよ」
 詠子は、深く考えることもなく、流れのままに返事をしていた。異性からの誘いであるということは、このときは全く意識していなかった。
「………」
 冷静に考えると、男子とランチを共にする、というのは初めての経験であった。差し向かいになって、食事を一緒にとりながら、取りとめのない話をするという、あまりにも“青春”を感じさせるこの瞬間は、詠子に新鮮かつ強烈な刺激をもたらした。
 以来、その男子学生……“吉川弘治”という青年のことが、妙に気になりだした。
「へえ。キミ、野球をやってるんだ?」
「大学に入ってから始めたから、まだまだ下手っぴなんだけどね」
 何度目かのランチで、その吉川君が、大学の軟式野球部に所属していることを初めて知った。本格的なリーグ戦に参加している運動系のクラブは、唯一その軟式野球部しかなく、運動というものにこれまで全く縁のなかった詠子としては、気になる吉川君がその中でどんな活動をしているのか、興味が湧いてきた。
「市営球場で、試合をしてるんだね。今度、見に行ってもいいかな?」
「もちろん」
 それが、野球をする吉川の姿との、“出会い”となった。
 詠子は当然ながら、野球は見ることもやることも経験がなく、従ってルールも全く分からない。それにも関わらず、吉川君がその野球というスポーツで、どんなふうに頑張っているのか、見てみたかった。
 生まれてこの方、異性にこれほど気持ちが引き寄せられたのは、初めてである。その感情の正体に気がつかないまま、詠子は、市営球場に足を運び、吉川君の姿を追いかけることになった。


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