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駅まで向かう途中、湊は図書館に財布を忘れてきたことに気付いた。
雅紀に電話すると、机の上に置きっぱなしだったから電話しようと思ってたと言われた。
急ぎ足で学校に戻り、図書館に駆け込む。
「思い出してよかったわ」
「なんで財布なんか忘れたんだよ。ドジだな」
雅紀はケラケラ笑って湊に財布を渡した。
「サンキュ」
「じゃ」と言って湊は図書館を後にした。
外に出ると先程より少しだけ冷たくなった風が身体を包み込んだ。
正門から出た時、すれ違いざまに「五十嵐くん?」と声をかけられた。
ボーッとしてて気付かなかった。
立ち止まって声のする方を向いた時、全身が凍りついた。
「偶然だね。勉強?」
やんわり笑った優菜が問いかける。
「あ…まあ」
「あたしもちょっと図書館に用があって。もう帰るの?」
「帰るよ」
「ひなちゃんと会うの?」
心臓が今までにないほど暴れ出す。
「なんでそんなこと聞くわけ?お前に関係ねーじゃん」
「あるよ」
「は?」
優菜の表情がみるみるうちに強張っていく。
口元だけは釣り上がり、笑っている。
「関係あるよ」
「……」
「あたしはずっと…五十嵐くんのことが好きだったんだから…」
蚊の鳴くような声で呟いた優菜の言葉には、怒りの色が見え隠れしていた。
湊は何も言えなかった。
「なんでひなちゃんなの!?なんであたしじゃないの!?あたしはずっとずっと五十嵐くんのことが好きだったのに…」
涙声になっていく優菜。
湊は地面を見つめて、ただ黙っていた。
頭の中で優菜の声がこだまする。
「…別れてよ」
「…は?」
「別れてよ!ノロケてんのがホントむかつくんだよ!」
怒鳴る優菜の目を見る。
ボロボロと涙が零れていく。
「ひなちゃんが…どうなっても知らないからね…」
「何言ってんだよ…」
「別れるまで…許さないから…」
「陽向に何する気だよ!」
「別れてくれるなら何もしないけど」
「意味わかんねーんだけど…」
優菜は「明日もひなちゃんと会うからさ…何しよっかな」と言いクスッと笑うと、校舎に向かって歩き出した。
湊はその場に呆然と立ち尽くした。
あいつは人じゃない…。
「別れてよ」
「ひなちゃんがどうなっても知らないからね」
陽向を守るには、一体どうしたらいい?
もう、訳が分からない。
駅に着くと、陽向はベンチに座って携帯をいじっていた。
後ろから頭を叩く。
「わっ!あー…ビックリしたー。湊かー」
いつもの無邪気な笑顔を見て少しホッとする。
「てか、いきなりどーしたの?」
「ん。なんとなく。会いたくなった」
「なにそれー」
陽向はニタニタ笑っている。
「嬉しい?」
「別にー」
「とか言って顔がニタニタしてますけど」
「してないっ!」
駅前を歩き、裏通りに入る。
この時間帯は人が多い。
人混みを掻き分けて歩く。
「湊!待ってよ!歩くの速いよ!」
「あ…わり」
追いついた陽向が「もっとゆっくり歩いてよー」と呟いた。
「ごめんなひな坊。おチビだからついて来れなかったねー」
「チビじゃない!」
湊はケラケラ笑って陽向の右手をぎゅっと握った。
陽向は驚いた顔をして湊を見た。
人前では滅多に手を繋がない湊が、自らそんなことをしたからだ。
「店どこにすっかねー?」
陽向の側にいたい。
別れるもんか。
絶対に手放さない。
俺が守ってやる。
「なぁ」
「ん?なにー?」
ステーキ屋からの帰り道、陽向を家に送っていく。
「この間テレビで元恋人の嫌がらせみたいな特集やっててさー。見た?」
「見てない!なにそれー!面白そう!」
「家にネズミの死体送りつけたりとか結構エグい事もやってて、引いたわー」
湊はそう言った後、チラッと陽向を横目で見た。
陽向の顔は強張っていた。
「そーなんだー…」
確信した。
あのブログのネズミは陽向の元に届いたんだ。
「お前さ、そんなん来たらどーする?」
「どうって…捨てるよ。臭いやばいし。なんでそんなこと聞くの?」
「なんとなく」
陽向は黙って湊の隣を歩いた。
「明日も実習頑張ってな」
湊が陽向の頭をぐしゃぐしゃと撫でると、陽向はいつもの笑顔で「うん」と言った。
マンションの前に辿り着くと、湊は人目につかない所に陽向を連れて行った。
壁にもたれかかり、陽向の腕を引っ張る。
「あっ!な、なに?!湊どーしたの?」
腕の中の小さな身体を抱き締める。
優しく髪を撫で鼻を近付けると、陽向の匂いがした。
「ひな…」
「ん?」
「なんかあったら、隠さないで何でも言えよ」
「え…」
湊は右手を陽向の後頭部に滑らせると、自分の方に顔を向けさせた。
唇に柔らかくキスをする。
「湊…」
「ん?」
「ありがと」
再び陽向を抱き締める。
湊は深呼吸をして真夏の夜の空気を吸い込んだ。