消えた気配X-1
「本当はこんな手は使いたくはなかった・・・貴方の意志で私を選んでほしかったんです・・・どうか手荒な真似をした愚かな私を許してほしい」
葵の前に跪いた偽りの神官の名は、神楽(かぐら)。葵を愛するあまり卑劣な手を使ってしまった男。しかし、その背景にある想い入れに葵は彼を憎めきれずにいた。
「・・・私に逢いたいと思ってくれたことは嬉しいです、ですが・・・なぜ神官を名乗るのですか?そしてあの女性は・・・」
「あの人は貴族の家の一人娘なんです。ただの道楽と言いますか・・・王の顔を知らない者が多いので、そこに目をつけたのではないかと。稀に姿を見せる王も、その噂を聞いて姿をみせてくれるのではないかと、私も便乗したわけなんです」
申し訳なさそうにたたずむ神楽は、もはや彼女を陛下と呼ぶことはなく、その場限りの従者だったことがうかがえる。
「曄子と呼ばれるあの娘も、貴方が私の館についたら解放いたします。それまで大人しくしていただけますね?」
熱を込めた神楽の眼差しがゆっくり近づいて、葵の髪にそっと唇を寄せた。
首をすくめた葵の背を押して、神楽は人の集まる町の中心へと足をむけた。偽りの王を迎えた民たちが宴をひらいている場所だった。
中に足を踏み入れると、人の集まる広間を避けて・・・脇にある小部屋へと入った。隣から響く楽しそうな人々の声が聞こえる。その裏で秀悠や曄子に被害が及んだことを誰も知らない。
複雑な心境を抱えたまま、ただ神楽に従うしかない葵は・・・気配を殺して神官たちが自分を見つけぬように息をひそめるしかなかった。
――――――・・・
その頃・・・
「おい、あんた?
こんなところで寝てたら風邪ひくぞ?」
大きく揺すられて、聞きなれない声に秀悠が目を覚ました。
「・・・ここは・・・・」
あたりを見回して、秀悠はわずかに混乱していた。
(ここは一体・・・私は・・・)
「葵さん・・・っ!!!」
がばっと飛び起きた秀悠は右も左もわからぬ見知らぬ町で足をもたつかせながら必死に葵の姿を探した。
「ちょ、ちょっと!!あんた、どこにいくつもりだ!?」
先程、秀悠を起こしてくれたのは近くに住む村人だったようだ。