『SWING UP!!』第14話-17
「………」
誠治は、葵が時折見せる“夜叉”のような表情に気がついている。そして、それは、彼女が持っている“古傷”が関わっているのだということも…。
(弟さんを喪っただけではない、彼女の深いところにある苦しみ…)
誠治はおぼろげながら、葵をそのようにしてしまう“存在”のことに察しをつけている。
(草薙大和、君。彼と、葵くんは、浅からぬ“因縁”を持っている…)
双葉大学との試合では、明らかに葵の様子は違っていた。特に、草薙大和と対峙していたマウンド上や、打席の中での彼女の仕草は、まるで相手を見下し、蔑むような雰囲気があった。普段の葵からは想像もできないほどに…。
そして、その影響が、葵の身体に顕著に現れるようになったのが、ひどくなった“夜尿症”なのである。葵が自ら“おむつ”をしなければならないほどに、“おねしょ”をしてしまう頻度が挙がったのは、確かに、双葉大学との試合が終わってからであったから、その因果関係を疑うのも当然であった。
(僕には、何が出来る……?)
葵を、救いたい。そう思うのは傲慢かもしれないが、不整脈を患った自分に誠心誠意付き添って、献身的に支えてくれた彼女を、誠治は心の底から愛している。だからこそ、彼女が抱えている“闇”を、少しでも分け合い、支えたいと思っているのだ。
「誠治、さん……」
「え、あ、はい?」
今度は誠治が、物思いに沈んでいた。少し、表情も険しかったのだろう。
「私、なにか気に障ることをしてしまいましたか……?」
葵が、誠治に対して不安を顕にしていた。
「いや、すみません。葵くん、あなたは何も悪くないのですよ」
「本当、ですか……?」
「そうです。…麗人の不安な顔、というのは、ちと性的に興奮してしまうので、笑ってもらえると嬉しいですね。こんなところで、発情したら大変だ」
「も、もう、また、そんなことを言って……」
誠治の戯れに触れて、葵もまたその表情を和らげた。時に、失禁さえ犯してしまう彼女の“パニック症候群”は、不安の蓄積によっても発露するときがあるので、気をつけなければならない。
(いけませんね…)
葵にそんな表情をさせた自分を、誠治は秘かに責めた。顔に出さないのは、葵の不安をこれ以上煽らないためである。
「葵くん」
「はい?」
「愛してますよ」
「え、えっ!?」
思いがけない言葉に、葵は今度は、戸惑いの仕草を見せていた。
「も、もう……」
それでも、熱い言葉を投げかけられたことでその頬はたちまち朱色が満ち、誠治から視線を逸らして、恥らう乙女になっている。
「い、いきなり、そんなこと、言うなんて……」
ずるいです…、と、声にならない声で、葵は真っ赤になった頬を抑えながら呟いていた。
「さあ、今朝はあと、三往復しましょう」
「はい、です…」
笑っていた膝はもう回復していた。誠治は、屈伸運動でその膝を十分に解しなおしてから、葵のほうを一度見やり、軽い頷きを交し合うと、並びあって階段を降り始めたのだった…。