33 飛竜使いの資格-2
飛竜たちも不穏な空気を察知したようで、そわそわと厩舎の中を歩き回っていた。
「きるるる……」
差し込みだした朝日の中、カティヤを見ると、ナハトは弱弱しく鳴き首を伸ばした。
「遅くなって、すまなかった」
やつれきった飛竜の姿に涙が溢れてきて、カティヤは鼻をすすった。
ナハトの隣りだったバンツァーの寝床は、綺麗に片付けられていた。
だだ広いガランとした空間を見ると、もうバンツァーは世界のどこにもいないのだと、いっそう強く感じる。
騎士という職業柄、カティヤも多くの死を見た。親しい命が消えた瞬間は、本当に辛い。
でも、死を一番噛み締めてしまうのは、もう少し経ってからだ。
何気ない日常に戻り、もう使う人のない剣が視界に入ったり、うっかり返しそびれていた物を見つけたりした時。遺品が引き取られ、空っぽになった部屋の扉を閉める瞬間。
何も変わらぬ扉を開けたら、中の光景も前と同じに戻ればいいのに……。
死を覆すことだけは、どんなに偉大な魔法使いも出来ない。
「ナハト……」
薄紫の皮膚に額をつき、それ以上何も言えなくなってしまう。
マウリは死んだらしい。ふさわしい無残な死に方で。それでもバンツァーは帰ってこない。
あの男がどんな死に方をしようと、誰が裁いても。
俯き目を閉じたまま、厩舎の扉が開く音を聞いた。
誰かが飛竜の世話にきたのだと思い、そのままで目を閉じていた。
「カティヤ、ここにいたのか」
「陛下!?」
あわてて目をあけると、やはり聞き間違えではなかった。
厩舎の入り口にいたのは、ユハとベルン。その後ろには竜騎士団が全員いる。それからなぜか、アレシュとエリアスも……。
「ぎる……」
ナハトがベルンを睨み、低い唸り声をあげる。
「ナハト、どうしたんだ?」
まるで仇のようにベルンを睨むナハトに、カティヤは困惑の声をあげた。
「俺を軽蔑しているんだ。無理もない……」
ベルンが厩舎へ入り、カティヤの横に立つと、ナハトの耳がピクリと動いた。
翼を羽ばたかせ、二階の干草置き場に飛び上がり、背を向けてしまう。
「兄さん、一体……」
怖いほど真剣な兄の様子や、こんな時間に厩舎にいる王族や側近、神妙な顔で黙っている竜騎士団員達を見渡す。
「これを渡しに来た」
ベルンが小脇に抱えた、炎の紋章入り兜を差し出した。
「カティヤ、お前が次の団長だ」
「!!??」
一瞬、声も出なかった。
バンツァーの死がもう一つの悲劇を生んでいた事に、やっと気付く。
飛竜を失ったベルンは、竜騎士ではなくなったのだ。