31 報復の連鎖-5
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太陽が完全に沈むころ、ジェラッド王都の危機はひとまずの終焉を迎えた。
青黒い敷布となったリザードマンたちの死骸が、城壁の外を覆いつくしている。
ユハはマウリの持っていたネックレスを使い、ストシェーダ国へ事件の結末を伝えると供に、ジェラッドという国の底力を言外に示しつけた。
それでもまだ、やる事は山積みだ。負傷者の治療に死者の弔い、建物の修復。
バンツァーの巨大な遺体も苦労して運び込まれた……らしい。
――というのは、カティヤが目を覚ましてそれを聞いたのは、丸三日後の夜だったからだ。
エリアスに呪いを解除されたあと、病院のベッドで死んだように眠り続けていたそうだ。
目を開けたとたん、白い病室の壁と、すぐ隣りにつっぷした緋色の髪が視界に飛び込む。
傍らの椅子に腰掛けていたアレシュは、付き添いながら眠ってしまったらしい。
「アレシュさまっ!?」
「ん……?」
驚くカティヤの声に、アレシュは眠そうに目をこすりながら身体を起こす。
「っ!カティヤ!起きたか!!」
有無を言わさず抱き締められた。まだあちこちが痛かったし恥ずかしかったが、それ以上に幸せだった。
しばらくアレシュの心地よい体温と鼓動に浸っていたが、ふと我にかえった。
「ナハトは……大丈夫でしょうか?」
「ああ……怪我は治療したし、厩舎にいるが……」
歯切れの悪いアレシュの言葉に、悪い予感が頭をよぎる。
「何か……いや、厩舎に行ってまいります!!」
裸足で駆け出そうとしたカティヤを、アレシュがあわてて止める。
「待て!少し元気がないだけだ。カティヤの方こそ、もう少しで死ぬ所だったぞ」
「そのとおりでございます。カティヤさま。まだ安静にお願いいたします」
静かな声とともに、エリアスが入室する。
「ノックもせずに失礼いたしました。お声が外まで聞えましたので」
「しかし、エリアスさま。私はもう元気ですので、ナハトの様子を……」
食い下がったが、微笑んで首を横に振られた。
「ご心配なく。ナハト嬢もたった今、厩舎で眠り始めたところです。しばらく眠れなかったようですし……明日の朝になさったほうが宜しいでしょう」
「……はい」
そう言われては、引き下がるをえない。
明日の朝一番に厩舎へ行こうと決心し、大人しくベッドに戻る。
エリアスは少しカティヤの顔色などを診察し、頷いて部屋を出て行った。
カティヤを興奮させぬよう、アレシュはゆっくりと事件の顛末を話してくれた。
ユハ王の指揮で、ジェラッド軍がどれほど勇猛果敢にリザードマンを防いだか。ストシェーダの国民は、マウリ思い通りに動いてくれなかった事。
エリアスはリザードマンの包囲を突破し王都に戻るため、キーラが王都外へ隠していた二輪戦車で、派手にひと暴れしたらしい。
どうやら女錬金術師とすっかり仲良くなったらしいが、あの戦車にだけは、二度と乗りたくないとぼやいていたそうだ。
それからマウリが牢に繋がれている事も……ベルンが彼を生かしたまま連れてきた理由も話してくれた。
全てを聞き終わると、白で統一された小部屋は、柔らかな静けさに満ちる。
「……そうですか」
真っ白な天上を見つめたまま、カティヤは呟いた。
あの時、死んだのがナハトの方だったら、自分はマウリを許せたかと疑問に思う。
しかしすぐに気付いた。
――ベルンは、許してなどいない。
半身を奪った男をこれから先も決して許さず、痛みを抱え続けるだろう。それでもベルンにとって、バンツァーを理由に報復の刃を振るうのは、それ以上に耐えがたかったのだ。
(兄さん……私には……きっと出来ない)
アレシュの手が、そっとシーツに散ったプラチナブロンドを撫でる。
「もう少しで……カティヤを殺してしまうところだった……」
黒と金の魔眼が、深い苦悩に揺れている。
「無事だったのですから、もう……」
不意に、覆いかぶさるように、アレシュの唇が重なる。
薄い皮膚が接触する心地よさに、目を瞑った。魔力とも違う、暖かい感情が全身を満たしていく。
いつのまにかカティヤも、黒い上着の背へ腕を回し、愛しい魔眼王子を抱き締めていた。