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魔眼王子と飛竜の姫騎士
【ファンタジー 官能小説】

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31 報復の連鎖-6

 ***

――同時刻。
 ナハトは厩舎で丸くなり、三日ぶりにうとうとまどろんでいた。
 主ともに重傷だったナハトは、復旧作業に借り出されなかったが、そうでなくとも動けなかっただろう。
 身体も心も鉛になってしまったように重く、飛ぶ気力さえない。
 大好物のキャベツも味気なく、ただひたすら無気力に時間を過ごしていた。
 他の飛竜たちは心配し、色々と声をかけてくれるが、どれも耳を素通りしてしまう。
 騎士団員たちやキーラ、それにエリアスも何かと様子を見にきてくれる。
 ただ、ベルンだけは厩舎に一度も来なかったし、ナハトの方でもそれは幸いだった。もしベルンを見たら、きっと怒りにまかせ飛び掛っていただろう。

 一日中、丸まっているだけなのに、身体は疲れる一方で、クタクタなのにずっと眠れなかった。
 今も、心地よく眠るというよりは、疲れきって目を開けられないだけだ。
 眠るのが悲しくて怖い。また暗くて悲しい夢を見ても、もう寄り添ってくれるバンツァーはいないのに……。
 今夜もまた、隣りに寄り添う暖かさが消え、取り残された。

(もう……誰もいない……)

 絶望に押しつぶされそうになる。

(……え?)

 ふと、身体の周りをゆっくり囲む温度があった。
 とても優しく、ナハトを抱き締める誰かがいる。とっさに両眼をあけ、ふりかえった。

〔おじさま!?〕

〔いや、俺だよ。起しちゃったな〕

 ナハトより少し年上の飛竜が、気まずそうな表情を浮べていた。

〔リュリュ……〕

 建国祭の前夜、バンツァーが自分の代わりに寝ろと、ナハトを追いやった飛竜だった。
 歳も近く、いつもよく一緒に行動する。親友といっても良い存在だ。

〔バンツァーさんが、ナハトがうなされたら、これからはお前が一緒に寝てやれって……〕

〔おじさまが……?〕

〔パレードの少し前だよ。ナハトの癖とか、こういう時はああしてやれとか、すごい細かく言ってきてさ〕

 長い尾と大きな身体でゆうゆうとナハトを包み、リュリュは鼻先をそっと擦り合わせる。

〔バンツァーさんは、本当に残念だった。ベルンとも息がピッタリだったし……〕

 その名が出たとたん、ナハトの血が沸騰した。

〔ベルンなんか……おじさまの主に、ふさわしくなかった!!〕

 突然、ひどい剣幕で怒り出したナハトを、リュリュがあわててなだめる。

〔おいっ、静かにしろよ。みんな復旧作業でクタクタなんだぞ〕

〔だ、だって……だって……〕

 わなわなと口が震える。
 リュリュの胸元に顔を突っ込んで、必死に声を抑えながら、岩山でベルンがしたことを……『何もしなかった』事を訴えた。
 全部聞き終わると、リュリュはしばらく無言だった。

〔……やっぱり、ベルンはバンツァーさんにとって最高の主だったと思う〕

 きっぱりと断言し、リュリュは首を伸ばして静かにナハトを撫でる。

〔っく……どうして……?〕

〔昔、最高の竜騎士になるのはどうしたら良いかって、バンツァーさんに聞いたんだ。最高の竜騎士は、きっと世界一幸せな飛竜だと思うからって。そしたら……〕

 少し言葉を切り、リュリュは喉につかえていた秘密を吐き出すように告げた。

〔バンツァーさんは、竜騎士は誇り高い仕事だけど、最高に幸せなのはきっと、騎士の必要ない国で生きる飛竜だって言ったんだ〕

〔騎士の必要ない国……?〕

〔だけど、それは不可能に近いって。殴るのは簡単だけど、殴り返さないのは何十倍も難しいから、騎士が必要になる……そう言ってた。ベルンはその『難しい事』をできたんじゃないか?〕

〔……〕

 ナハトはそれ以上、何も答えられなかった。

〔ナハト、俺だってお前の家族だ。お前が嫌なら、俺は自分の寝床に戻るけど……〕

 黙ったまま、リュリュの前足を抱え込んで身体を丸め、しっかり目を閉じた。
 リュリュが、そっと笑ったのを感じた。

〔……おやすみ〕

 優しい声が、ふわりとナハトを包む。

(おじさま……あたしには、わからないよ……)

 耐えるしかないなんて、そんなの酷すぎる。
 ベルンは仇を討つべきだった。

 閉じた瞼の裏で、バンツァーと並んで飛んだ光景が次々と広がる。

(あ……)

 記憶の水底から、短い会話が浮かびあがった。

 まだ王都に来て間もない天気の良い日。
 ジェラッド辺境まで飛んだ時のことだ。
 上空から、廃虚となった二つの集落跡を見つけた。
 のどかな風景の中、無残に焼け落ちた家々は、消えない傷跡のようで心が痛んだ。

『酷い……リザードマン?盗賊?どうしてあんな悪い事ができるの!?』

 憤るナハトに、バンツァーは悲しそうに首を振った。

『悪い事をしようとした者など、一人もいなかった。皆が正しいと信じた事をして……難しい事を出来なかっただけだ……』




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