人の欲W-1
「葵さんはそんなことで気分を害するようなお方じゃないんだ。自分は民たちと何も変わらないと、この世界に生きるただの人だと言っていた」
「そう思ってるのは葵さんだけよ!!!
自分の価値をまるでわかっていない!!」
葵のその名を利用して何も知らない人たちを騙している・・・それが曄子には許せなかった。何もしていない人が尊敬の目で見られ、崇拝されることが許せなかった。
「・・・・」
激昂する曄子を秀悠が黙ってみている。
「・・・なんですか先生」
「いや、君は葵さんのことが嫌いなのかと思っていたから・・・」
「そ・・・それは・・・・」
俯いて目を伏せてしまった曄子を見やり、秀悠は彼女の頭を優しくなでた。
「大丈夫、きっと葵さんだってあの人たちが悪さするようなら黙ってみてるようなことはしないさ」
「はい・・・」
「・・・・・」
二人の話を木の影から伺っている者がいた。ゼンに王の言葉を届けた神官だった―――。
――――――・・・・
しばらく様子を見ることにした秀悠と曄子はそれぞれ帰路につく。
家の扉をあけるといい匂いが秀悠の鼻をくすぐり、誰かが食事を用意しているのだと気が付いた。
すると、秀悠の気配に気が付いた葵が料理を乗せた皿を手に顔をのぞかせた。
「あ、おかえりなさい秀悠」
「・・・え?あ、葵さんっ!!」
バタバタを大急ぎで秀悠は葵の持つ皿を受け取った。
「勝手にごめんなさい、あとで食料の補充しておきますから」
葵の背後に目をむけると、すでにいくつものおいしそうな料理が湯気をたてて並んでいた。ゼンが椅子の背もたれに腕と顎をのせて逆向きに座っている。その表情はどこか楽しげだった。
「おい秀悠、葵の手料理食えるなんて光栄だな!!お前長生きするぞっ」
「すみません葵さん、あなたにこんなことをさせるなんて・・・」
「こんなこと、なんて・・・私だってよくやるんですから。お気になさらずに」
さぁどうぞ、と秀悠の椅子をひいて彼を座らせた。戸惑いながらも葵の料理を口に運ぶと・・・今まで食べたことのない優しい味に秀悠は感激せずにはいられなかった。