恋する放課後-1
雅が教育実習生として、俺の学校にやって来てはや一週間。
雅の存在が当たり前になってきたクラス内は、徐々に平常な空気を取り戻してきていた。
英語担当の寺久保が見守る中、雅が綺麗な発音で教科書をスラスラ読んでいる、昼下がりの授業。
俺は教科書を読む振りをしながら、雅の姿を目で追っていた。
サラサラの髪は耳にかけられているけれど、教科書を見るたびにパラリと肩に落ちていく。
それをまた耳にかける手首の細さ、露になる首筋に、何度も唾を飲み込んでしまう。
見れば見るほど壬生柚香に似ている彼女は、本当に美しくて可憐で。
彼女が俺の席の横を歩くたびに、大きく息を吸い込んで彼女の纏う空気すらも自分のものにしようとしていた。
……ああ、俺は変態か。
そんな自分に嫌気が差してくる。
せっかくオナニー狂いの生活から解放されたかと思えば、今度は寝ても覚めても雅のことばかり考えてしまう。
生徒に囲まれて楽しそうに笑う姿や、教壇に立った時の緊張した面持ちや、無事授業を終えた時の安堵した表情、その全てが俺を睡眠不足にさせる。
そう、雅を想うとまともに寝付けないほど俺の頭ん中は彼女でいっぱいになっていた。
しかし、不思議とやましい妄想は沸き上がらず、彼女の笑顔を思い浮かべるだけで幸せがじんわり込み上げていた。
「風吹くん」
その細く高い声で名前を呼ばれるだけで、早鐘を打つように心臓がバクバク鳴り出す。
そして、ゆっくり絡まる視線に俺は痺れたように動けなくなる。
その潤んだ瞳でまっすぐ俺を見つめた彼女は、グロスで艶々した形のいい唇をもう一度開く。
ああ、もう一度名前を呼んでくれ。
俺が雅に訴えかけるような視線を向けると、彼女は少し恥ずかしそうに口を開いた。
――そして。
「風吹!」
彼女の口から出た声は、ドスのきいた低いそれだった。
びっくりして目を見開いた途端、頭に鈍い痛みが走る。
慌てて後ろを振り返ると、にんまり笑う寺久保の姿があった。
笑っているのがかえって恐ろしく、居住まいを正して俯く。
さっきのドスのきいた低い声の主は、このヤクザ教師のものだったのだ。