恋する放課後-4
放課後の廊下は、生徒達の話し声や遠くで聞こえる運動部の掛け声、吹奏楽部の管楽器の音なんかでうるさいはずなのに、俺と雅を纏う空気一帯はとても静かで、互いの呼吸しか聞こえなかった。
そんななんとも気まずい沈黙を、雅の細い声が破る。
「風吹くん、ごめんね」
思わぬ会話の切り出し方に、問題集を拾っていた手を止めて彼女を見つめた。
すると、彼女はバツが悪そうに少しだけ苦笑いになって口を開いた。
「あたしが風吹くんにあてたりしちゃったから……」
なるほど、さっきの授業のことを言ってるらしい。
「いや、予習もしないでボーッとしてる方が悪いんスから」
バツが悪いのはむしろ俺の方だ。だからそれだけ素っ気なく言って、再び手を動かし始めた。
床の上に積み上げられていく問題集。また壁ができていく。
「でも、雰囲気悪くさせたのは、あたしが発端だもの。もしかして風吹くんは具合が悪かったのかもしれないし、だったらそっとしてあげた方がよかったのかな、なんて……」
長い睫毛が伏せられて、雅は申し訳なさそうにそう言った。
ああ、その表情。
彼女がシュンとする様子を見てると、俺はたまらなくなって――
「あはははは!」
大きく口を開けて笑い出してしまった。
今度は雅が目を丸くして俺を見る。
「センセー、授業をまともに聞いてない生徒に同情なんかしたらダメだろ」
「え?」
「じゃあ、授業中に寝てる奴には、“疲れて寝てるからそっとしとこう”ってなるわけ?」
「あ……、そっか」
「センセーは授業に集中してない奴には遠慮なくビシバシあててやらなきゃいけないでしょ。でないと、生徒になめられてしまいますよ?」
俺の言葉にみるみるうちに顔を赤くしていく雅。そのバラ色の頬がたまらなく可愛くて、目を細めた。
「うん、じゃあこれからは寺久保先生みたいにスパルタで頑張るから」
「いや、それは怖すぎるから勘弁して」
「だって、寺久保先生みたいになればなめられないんでしょ?」
「あれは行き過ぎ。もうヤクザじゃん」
「ヤクザって、失礼」
その瞬間、壁に思えた問題集の塊は、やっぱりただの問題集なんだと、ふと思えた。
そして、そう言いながらもクスクス笑い出す彼女につられて、俺もクククと込み上げてくる笑いと、彼女と笑い合えているこの幸せを噛み締めていた。